6.アラシャ・ベルゲングリューンと夢の少女(3)

 シェスターとともに廊下を歩く。


「どうもアラシャは苦手でね」

「前はそうでもなかったように見えたが?」


 彼はからかうように言う。

「あぁ、なるほど。一度意識してしまうとどう接していいかわからない、というやつか」

「冗談を」


 わかったような顔で納得しないでもらいたい。


 まぁ、アラシャ・ベルゲングリューンが魅力的な女の子であることは認めるところではある。


「なぜかやたらと突っかかってくるんだよ」

「お前がそういう態度だからじゃないのか」

「さてね。今となっては卵が先か鶏が先か、というやつだ」


 彼女がやたらと突っかかってくるからこういう態度なのか、それとも僕のこの態度が彼女をそうさせるのか。


 尤も、僕がアラシャを苦手としている理由はもっと別のところにあるのだが。


「らしくない態度と言えば、もうひとつある」

「うん?」

「あのヘルムートを挑発したのか?」


 シェスターが鋭い口調で聞いてくる。


「ああ、ちょっとばかりね」

「愚策だな」

「言ってくれるな」


 図らずも僕が思ったことと同じ言葉で呆れられた。返す言葉もない。


 アッカーマン家は武門の家系だ。悪魔が現れたとなれば市民を守るために先頭を切って戦うし、遡れば悪魔殲滅のための十字軍遠征にも参加したという。そんな血の気の多いアッカーマン家の男を挑発すればどうなるか、火を見るよりも明らかだろう。



 

 そう、この世界には悪魔がいる。


 数百年前、突如として現れ、侵攻してきたのだ。危うく世界は滅びかけた。だが、それも教会が中心となって人類をまとめ上げ、抵抗。百年もの長き戦いの末、東へと追いやった。今でいう『終末戦争アーマゲドン』である。


 今ではもう大規模な侵攻は皆無で、人や街が襲われることはめったにない。時折何かの拍子に地獄への門カオスゲートが開き、思い出したように現れる程度だ。


 逆に、それでは根本的な解決になっていないと、数十年前までは教会の強硬派が悪魔を根絶やしにすべく十字軍を送り込んでいたが、何度かの失敗を経て今はそれも途絶えている。人類が勝利したというよりは、単なる小康状態と言うべきかもしれない。



 

「僕も少しばかり機嫌が悪かったのさ」


 何せ、朝、あんな夢を見たばかりだ。


 そう、あんな夢。

 前世の僕が最後に見た光景。それ以後の記憶はない。ならば、きっと僕はそこで死んだのだろう。


 そこはいい。


 僕が胸を掻きむしりたくなるような気持ちを抱くのは、あのとき一緒にいたあいつ、僕が最も仲のよかった少女――叢雲灯子のために何もできなかったことだ。


 灯子はどうなったのだろう?

 僕とともに死んだのだろうか? それとも運よく助かったのだろうか?


 残念ながら、今の僕に確認する術はない。せめて僕が、咄嗟に彼女を突き飛ばしてでもいれば、もっと楽観的に考えることができたかもしれないのに。



 

 そして、その灯子はアラシャ・ベルゲングリューンとよく似ていた。



 

 容姿はもちろんのこと、性格もまったく似ていない。だが、なぜか僕の中でふたりはよく重なるのだ。


 それこそが僕がアラシャを避ける理由だった。


「やつは少しやり返されたくらいでヘコむタマじゃないぞ」

「だろうね」


 今さらながら、あの好戦的な男を焚きつけたことに後悔を覚えはじめていた。面倒なことにならなければいいが。


「じゃあ、俺はここで」

「なんだ、寄っていかないのか? コーヒーくらいは出せるよ」


 もうすぐ僕の研究室だというところで唐突に発したシェスターの言葉に、僕は面喰らう。彼がこの部屋で時間を過ごすことはよくあることだ。僕の考えを聞いてもらったり、知恵を貸してもらったり。或いは、単なる無駄話であったり。今日もてっきりそうするものだとばかり思っていた。


「いや、今日はいい」

「そうか」


 まぁ、そういう日もあるか。

「じゃあ」という短い言葉を挨拶に代えて、彼は近くの階段を下りていった。


 シェスターと別れた後、僕はもうしばらく歩いて研究室へと辿り着いた。

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