第33話 対峙
「桃華ちゃん、絶対変だよ。二人が恋愛関係として付き合うなんて絶対信じられない」
若葉は不満げに眉をひそめて首を横に振ると、同意を求めるように力太郎を見上げた。
そんなこと、自分だって信じちゃいない。
「昨日、虎徹が桃華に何かをしたんだ、間違いないよ。こうなったら直接、虎徹本人を追求するしかないよ」
憮然とした表情を浮かべて翔真がいう。
おそらく、その通りだろう。けれど、決定的な証拠があるわけじゃない。そうなると、あの落書き事件のときと同じ結果になるのは目に見えている。それに結局、どうするのかを決めるのは桃華自身だ。せいぜい、自分たちは桃華に危険が及ばないかどうかを、見守るくらいしかできることはなさそうだった。
「とにかく、しばらくはモモの様子を見るしかない」
結局、そう結論づけて教室に戻ったものの、力太郎の頭の中では何度も同じことが堂々巡りをする。なぜ虎徹は突然、若葉や桃華を狙って、こんな嫌がらせのようなことをしているのか。
テスト前だというのに授業の内容は頭に入ってこないし、テスト勉強もまるで手がつかなかった。
そういえば、春先の中間テストでもそんなことがあった。どうして、こう問題が起こるときはテスト前なのだと、恨み言のひとつでもいいたい気分だった。
放課後、ホームルームが終わると、すぐに教室を飛び出して、翔真に「どうだった?」とたずねる。もちろん、今日一日の桃華の様子を観察してもらっていた結果報告だ。
「休み時間も、長く教室を離れたりはなかったよ。むしろ、外に出ないようにしてるのかも」
「校内で虎徹と顔を合わせたくないのか? それで、今は?」
「授業が終わってすぐ出ていったから、若葉がこっそり後をつけている。あとで電話が……」
そういったそばから、翔真の制服のポケットの中で、ブブブと小さな振動音が鳴った。取り出したスマートフォンのディスプレイには若葉の名前が浮かんでいた。
「もしもし、若葉?」
翔真がスマートフォンのボリュームを上げたので、スピーカーから若葉の声がはっきりと聞こえた。
「もしもし、鶴野くん……ごめん、あのね……」
「どうした、何があった?」
「その、今から牛舎に来れる? 繁田くんも一緒に」
力太郎と翔真は顔を見合わせると、おたがい承知したようにうなずいた。
「すぐ行く、待ってて!」
翔真がスマートフォンをポケットにしまう間に、力太郎は靴底を鳴らして教室を飛び出し、階段を二段飛ばしで駆け下りていた。
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予想通りというべきか、牛舎には若葉と桃華、そして虎徹の姿があった。さすがに拘束されてはいないけれど、あの長身の虎徹に睨みをきかされたら、普通の女の子なら逃げ出せないだろう。
「虎徹、お前二人に何をした?」
「ひどいなぁ。薄汚いネズミが、ちょろちょろと嗅ぎまわっていたから、そういうことはやめてもらうように、ご主人様を呼んでもらっただけなんだけど?」
「ふざけんなよ、ネズミでもご主人でもねえぞ!」
「わかりやすいと思ったのになぁ。ところで、テスト勉強は大丈夫? あんまりひどい点数だと、夏の大会に出してもらえないかもよ」
虎徹はヒヒヒと、小馬鹿にしたように笑う。
「お前に心配される覚えはねえよ! それよりも、二人を返せ」
「返せ? 自分の所有物だとでも?」
「少なくとも、お前が気安くしていい相手じゃねえよ」
力太郎がいい返すと、虎徹は心底おかしそうに腹を抱えて笑う。
「アンタこそ、誰にむかって喋ってんの? オレは奥島会病院の跡取りなんだぜ? 口の利き方に気を付けるのはそっちだろうが!」
語気を強め威圧的な態度をとる虎徹に、若葉が顔を強張らせながら睨みつける。それが虚勢だということは一目でわかった。彼女の唇が小刻みに震えていた。
「どうして桃華ちゃんなの? 肥後君なら桃華ちゃんにこだわらなくても、他にいくらでも付き合える人いるでしょ?」
虎徹は唇をいびつに吊り上げながら、若葉に覆いかぶさりそうなほど、高い位置から見下す。若葉は無意識に半身を引いて一歩二歩と後ずさった。
「あのさー、君らはどうして桃華が東京に行くっていい続けてるか知ってる?」
「それは、東京でデザインの勉強をしたいから……」
若葉の答えに、虎徹はくくっと笑いをかみ殺して、肩を震わせ、それでも溢れてくる感情に堰を切ったように、大口を開けて笑い声をあげた。
「マジで、それを真に受けてんの? 結局、アンタら友達つってもなにも知らねえんじゃん? その程度の仲だってこと認めろよ?」
「てめえ、いいたいことがあるなら、はっきりいえよ!」
力太郎が苛立ちを隠すことなく大声をあげた。その声にぴたりと笑うのをやめて、虎徹はまたさっきの威圧的な目を力太郎にむけた。
「桃華が東京に行きたいのは、モデルになりたいからだ。モデルになるには、こんな辺境の島にいたんじゃ一生チャンスはない。少なくとも、東京で活動して、出版社や芸能関係者の目に留まる必要がある。でも、あの町長が、モデルやりたいからって、素直に娘を東京に送り出すと思う? 要するに、デザインの勉強なんてのは上京するための建前なんだよ。そんなことも知らずに、よくもまあ、親友面できるよな。ホント笑わせてくれるぜ。まあ、オレの見立てでは、桃華は十分モデルとしてやれる素地はある。あとはなにが必要かわかる?」
虎徹が力太郎、翔真、若葉と順繰りに舐めるような視線を送るが、三人は答えなかった。
「わかんないか。それはコネだ。いくら素晴らしい才能、技術、商品があったとしても、コネがなければ絶対に売れない。その点、オレの爺ちゃんは奥島会の理事長だ。全国各地の有力者とつながりがある。そして、爺ちゃんってのは、どうしても孫には甘くなるんだよね」
「てめえの爺さんのコネ欲しさに、桃華が付き合うはずねえだろ!」
口許にたまったつばを飛ばしながら力太郎が叫ぶ。
「逆だよ。俺がモデルとしての才能を見込んでるから付き合ってやるんだ。鳴かず飛ばずだったらそんときゃお前らに返してやるよ。中古品でよければだけどな」
「ふざけんなっ!」
殴り掛からんとこぶしを振り上げた力太郎の耳に「やめて」という落ち着いた声が飛び込んできて、力太郎は動きを止めた。それまで黙り込んでいた桃華が、腕組みをしたまま、ほとんど感情のこもらない声でいった。。
「やめて、繁田くん。もう決めたことだから」
「俺は認めねえ! モモはそんなことのために島を出るんじゃねえだろ! モモは誰かのコネで自分の夢を叶えるような、そんなチンケなやつじゃねえ! モモは自分の力で、その手で、誰かを幸せにするために島を出るんだ!」
ほとんど泣きそうな声で力太郎が叫ぶ。それでも桃華は視線を伏せて、力太郎の声に耳を傾けようともしない。
「そのくらいにしてくれない? 繁田先輩。いいか、アンタが知っている桃華は、現実のほんの一部、ほとんどはアンタの作り上げた『理想の龍田桃華』、幻想なんだよ。わかったら、二度とオレのオンナに近づくんじゃねえ。いいな」
そういうと虎徹は邪魔者を押しのけるように、若葉の背中を強く突き飛ばした。若葉はざっと音を立てて土の地面に倒れる。慌てて力太郎が若葉を抱きとめ、立ち去ろうとした虎徹に「待てよ」と獣が唸るような声でいった。
「虎徹。てめえ、俺と勝負しろ」
「勝負? 勝負ならするだろ? 次の闘牛大会で。そこでアンタらはオレの牛にやられて再起不能になるんだ」
「ずいぶんな自信じゃねえか。だったら、次の大会、オレたちが勝ったら桃華のことは諦めろ」
「馬鹿いうなよ。オレになんのメリットがあるんだ? それに、オレと付き合うってのは、桃華が決めた……」
「いいわよ」
虎徹がいい終わる前に、桃華がぽつりといった。
「繁田君がもし勝ったら、私は肥後君と別れるわ」
「桃華。それがどういうことかわかってんだろうな?」
虎徹が桃華にぎろりと鋭い視線をむける。。
「ええ、わかってる。でも、それで双方納得いくでしょ。それに繁田君が負ければ、肥後君もこの話はしなくてすむし、面倒がなくなるならいいじゃない? こう見えて、この人、かなりしつこいのよ?」
桃華の視線を追って力太郎を睨みつけた虎徹は、チッと舌打ちをする。
「お前らが負けたら、オレの目の前でその牛をミンチにして、お前らは二度と闘牛するんじゃねえぞ」
そう吐き捨てて虎徹は桃華を連れて牛舎から歩き去った。その途端、力太郎の腕の中で若葉が体を震わせた。彼女が泣いているのだとわかる。
「ごめんなさい……わたしが……肥後君に見つかったりしたから……」
「大丈夫だ、ワッキー。大丈夫」
力太郎の腕に無意識に力がこもり、若葉を抱き寄せる格好になる。
「遅かれ早かれ、あいつと決着はつけなきゃならないんだ。俺も翔真も、あいつを放っておくつもりはなかったからな」
「でも、もし闘牛で負けたら……」
「そうならないために、清正オジに調教を頼んでるんだ。大丈夫、あんなやつに俺たちが負けるわけねえよ。絶対に桃華をあの野郎の手から取り返して、若葉への嫌がらせもやめさせる」
力太郎は何度も「大丈夫だ」と繰り返した。それが不安の裏返しだということくらい、翔真や若葉にだってわかるだろう。しかし、もういまさら引き返すことなどできなかった。
もっとも、引き返すつもりなど力太郎には微塵もなかったのだけれど。
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