第14話 それを運命と呼びたい

 ももタロショーグンXの譲渡話は、滞りなく双方納得のいく形で合意がなされた。

 それは、知念が信用に足る人物であると判断できたこと、そして、座間の「僕が絶対に、君の牛を沖縄一のチャンピオンにしてみせるよ」という言葉が、うわべだけの飾りではないと感じられ、翔真も力太郎も、この人にだったら、ももタロの将来を預けてもいい、と思えたからだった。


「娘を嫁にやる気分だ」力太郎がいうと、

「そのときは今の比じゃないだろうな」

 と、知念は小気味いい笑い声をあげた。

 空港まで送るという源三郎の申し出に「のんびりと島を見学しようと思うので」と断った座間を、翔真と力太郎がバス停まで見送りにいく道中、知念が思い出したようにぽつりといった。


「そういえば、春疾風には一緒に産まれた双子の弟がおったんさ。翔真君たちが春疾風を引き取る少し前に、九重島からきた男性が譲ってほしいといってね。一週間とあけずに兄弟が揃ってもらわれていったのでよく覚えとるんさ」

 懐かしそうに目を細める知念の横顔を真剣な眼差しで貫きながら、翔真は前のめりになってきいた。

「その人ってもしかして、作さんという人じゃなかったですか!?」

「あれ、なんでわかったの? もしかして知り合い?」

「知念さん! もし時間があるなら、一緒に来てもらえませんか!?」

「来てもらえませんかって、どこに?」


 知念は質問の意図がよくわからないといったように、座間を見る。彼も小さく首を振った。ちょうど、同じタイミングで、空港方面行のバスが四人の前で停車した。


     ♉


 バスに揺られること十五分。翔真たちとともに、三津間高校前のバス停で下車した知念が、建物を見上げて呟く。


「ここは、学校?」


 土曜日だというのに、高いネットの張り巡らされたグラウンドからは、野球部たちの野太い掛け声と、金属バットが奏でる打球音が、奇妙なリズムを刻んで響いている。そこに開け放った校舎の窓から、吹奏楽部のパート練習と思しきトランペットの軽やかな音色が混じり合う。


「おれたちの通ってる三津間高校です。実は知念さんに見ていただきたいものがあって。こっちへ来てください」


 翔真が先頭に立って校内をすすみ、知念と座間を牛舎へと連れてきた。ブロックを積んだ簡素な壁と、ペンキのはげたトタン張りのこれまた最小限の雨露をしのげる程度の屋根の小さな牛舎。そこには、一頭の黒毛牛がのんびりとした様子で佇んでいた。


「この牛はつい最近、九重から来たんです。おれ、初めて見たときにハルに似てるなって、そう思ったんですけど……」


 翔真の言葉に、知念がはっと息を呑んだ。牛の顔つきや体についた小さな斑紋などを一つひとつ、丹念に調べる。

 やがて、生き別れた家族と奇跡の再会を果たしたかのように、恍惚とした表情で知念はゆっくりと牛の額を撫でる。牛も穏やかな声でひと鳴きした。


「ああ、こいつは君の飼っていた春疾風の弟、ユイマル号で間違いないよ」


 翔真と力太郎は知念のその言葉に、「しゃああああ!」と、少年らしい歓喜の雄叫びをあげ、飛び跳ねんばかりのハイタッチを交わした。


     ♉


 空港行きのバスが到着し、短いブザーとともにドアが開く。翔真と力太郎は改めて、知念と座間に礼をいった。

「これもきっと、春疾風がつないでくれた縁だろう。ユイマル号のこと、よろしく頼むよ」

 知念も清々しい笑みを浮かべてバスのステップをのぼった。二人は空港行きのバスのテールランプが見えなくなるまで手を振り、今度は、がっちりと抱き合って喜んだ。


「やっぱりハルの弟だったんだ!」

「ああ、これはもう運命だぜ! いつまでもウジウジしてる翔真に、ハルが『おれの弟の面倒でも見てろ』っていってるんだ!」

「なあ、リキ。おれ、また闘牛をやってもいいのかな。兄ちゃんにも、おれの思う闘牛をやれっていわれてるけど、本当にそれでいいのかまだ迷ってるんだ……」

「何いってやがる。やるか、やらないかを決めるのは、俺でもリョウ兄でもねえ。翔真自身だ。ただ、翔真やモモ、ワッキーと一緒に闘牛ができりゃ、俺としては最高だけどな」


 大きな口をさらに横に大きく開いて、力太郎は屈託なく笑ってみせた。いつも翔真のそばにある笑顔。

 翔真はこれまで、闘牛とは牛と勢子との一対一の対話だと思っていた。けれど、今はみんなと闘牛するのも悪くないかもしれない。

 いや、違う。

 島のメインストリート沿いに、モニュメントのように立ち並ぶヤシの葉の隙間を縫って、降り注ぐ日差しに目を細めながら、翔真も心からの笑顔を作った。


「おれも、リキと桃華と若葉。みんなと一緒に闘牛をやれたら、最高だ」

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