第16話 モテない二人

 四人が翔真の家に着くころには、水平線近くまで落ちていた太陽が島の景色を橙色に塗りつぶし始めていた。

 三年間放置され、農機具置き場と化していた鶴野家の牛小屋を、四人で手分けして掃除をし、なんとか牛一頭分のスペースを作った。

 無事、牛を繋ぎとめると、翔真も力太郎も満足そうに、牛の体を撫でた。そんな二人の様子を見ながら、桃華がたずねる。


「ところで、この牛の名前ってもう決まってるの?」

「いや。もとはユイマルって名前だったみたいだけど」

 力太郎が小さく首を振る。

「なんで決めないの?」

「最初はさ、おれたち三人の名前をとって『若翔力』にしようかって話をしていたんだけど、リキが『それじゃ、モモの名前がはいってない』って却下しちゃったんだよ」

 翔真が答えると、桃華は「馬鹿馬鹿しい」とかぶりを振った。

「それじゃ、私が入部しなきゃ、名前決まらないじゃない」

「だから、モモに入部してくれって、ずっと頼んでるだろ?」

「入らないってずっと断ってる」

「なんで入らないんだ」

「牛の世話には興味ないもの」

「うそだろ?」力太郎は両手を広げる。「ずっと、ももタロの世話はしてたじゃねえか。それとも、興味のないことをずっとやってたのか?」

「そうよ」

「訳わかんねえこといってんなよ。なんで興味のない牛の世話を毎日毎日、一緒にできんだよ……」

「繁田くん!」


 若葉の鋭い声が飛んだ。振りむくと、若葉は視線を伏せたままおろした両手を握りしめていた。


「桃華ちゃんなりの考えがあると思うの。だから……桃華ちゃんに無理強いするの、やめよう?」


 四人の間に冷たく重い沈黙が落ちる。


「私やっぱり今日は帰るわ」

「ちょっと、桃華!?」

 踵を返し歩き去る桃華と、力太郎の間で視線を往復させた翔真は、一瞬考えて力太郎にいった。

「リキ、悪い! 若葉のこと頼む」

 二人の返事を待たずに翔真は桃華の背中を追って駆けだした。


     ♉


「なんでついてくるの?」

「もう日も暮れるし、危ないだろ」

「別に危なくなんかないわ。大して車が通るわけでもないし、バス停はすぐそこだし」


 桃華はサトウキビ畑を貫く細い道を、前傾しながら速足で歩いている。横に並ぶ翔真には一瞥もくれなかった。


「リキはなにも桃華に手伝って欲しいから入部してくれっていってるわけじゃないんだ。もうすぐ、ももタロがリキのもとからいなくなる。でも、これまでみたいに一緒にいたい、それだけなんだよ」

「だからみんなで仲良く闘牛しましょうって? それこそ勝手にやってよって感じ」

「どうして桃華が怒るの?」

 急に桃華が立ち止り、その場でくるりと回れ右をしたかと思うと、じっと翔真を見た。

「怒ってない」


 ちょうど二人の横を一台の車が追い越していった。ヘッドライトの光で不機嫌そうな桃華の顔がはっきりと浮かぶ。そんな桃華にむけて翔真はふっと表情を和らげた。


「桃華、今日はおれ、すごく嬉しかったんだよ」

「久しぶりにみんなで一緒に帰れたから? それとも、私が生物部に入ってくれると思ったから?」

 翔真は静かに首を振った。

「おれは五年生のときに春疾風と出会って、それ以来、毎日毎日ハルを一生懸命育てた。でも、それってひとつの命を預かる身として、当然のことだって思ってた。何も闘牛以外のことに興味がないわけじゃなくて、人並みに恋愛だってしたいって思うことはある」


 いいたいことが、うまく伝わっていないらしく、桃華は眉間にしわを寄せて難しい顔をしている。翔真は困ったように身振り手振りで説明をする。


「だから、その……今回もたまたま、あの牛が転がり込んできて、おまけに、ハルの弟だっていうから、もう一度あいつと闘牛をしたいって、それは本当に思った。けど、おれは牛がいるとかいないとか、闘牛をするとかしないとか。そういうの抜きにして、桃華がそばにいてくれると、嬉しいっていうか……」


 おれは桃華が好きだ。

 はっきりいってしまえばいい。そう思うのに、なぜか言葉に詰まってしまう。でも、勇気がないという気持ちとはどこかが違う。それが翔真にはわからなくてもどかしくて、余計に言葉が出てこない。

 背後から、黄みがかった光が近づいてきて、ゆっくりと二人のそばでとまった。三津間港方面行きのバスが、ビーッと古めかしい電子音を鳴らし、片折れのドアを開く。

 ステップに足をかけた桃華が振りむいた。車内から漏れる光にうっすら口許が緩んでいるのが見てとれた。


「やっぱり、ショーマって女の子にモテないよ。絶対」


 再び電子音がなってドアが閉まる。

 バスの赤いテールランプが宵闇の向こうに吸い込まれていくのを、ぼんやり見つめながら、翔真は桃華がいった言葉の意味を、そしてなぜ自分が告白できなかったのかを考えていた。

 西の空から広がる淡い紫のグラデーションに、ひときわ明るい一番星が輝き始めていた。

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