第10話 牛が来た!

「はぁ? 牛の世話を頼まれたぁ!?」


 授業が終わり、いつもの四人で二見灘方面への坂道を、自転車を押しながらしゃべっていると、今日の昼間の呼び出しの話になった。

 からかい半分に「何か悪いことした?」ときく桃華に、力太郎は真面目な顔のまま「牛の世話を頼まれた」と返答し、彼女が声を裏返してそういったのだ。


「でもなんでリッキーに?」

「この前の闘牛大会を見に来ていたんだって。先生、実家が九重ここのえ島らしくて、親父さんが六年ほど前に闘牛を購入したんだけど、先日、その親父さんが亡くなって牛の世話をする人がいなくなったんだって。で、困り果てた親戚が奥乃島に住んでるからって理由で、作先生に預けたらしいんだ」

「九重島にも闘牛文化があるもんね」

 翔真がうなずく。

「さすがに犬猫とは違うし、簡単に牛なんて飼えないからな。まあ、次の買い手が見つかるまでだっていうし。週末には闘牛連盟に譲渡先を探してもらう予定らしいんで、譲渡先が決まればお役御免だから、別にいいかと思って。朝、いつもより早めに行けばいいだけだし、ももタロも今は休養中だから、放課後も時間はあるし」

「学校に闘牛の好きな先生なら他にもいるでしょ?」


 呆れ顔の桃華に、翔真が苦笑いで答えた。


「こっそり学校の牛舎借りてるから、大っぴらにできないんだって」

「真面目そうな顔しておいて、結構やるわね、あの先生……」

「実際、あそこに牛がいたとしても、農芸科の授業かなんかで使うんだろう、くらいにしか思わないもんね」

「いくら奥乃島がユイの島だとはいえ、さすがに農家に牛舎を借りたり世話してもらうのに、タダってわけにもいかんし、だったら、俺たちが手伝ってやるしかねえだろ」

「でも繁田くん、なんだか楽しそうじゃない?」

「だって、リッキーは正真正銘の闘牛馬鹿だから」

 桃華に馬鹿だといわれたのに、なぜだか力太郎は誇らしげにサムアップしてみせた。


     ♉


 次の日は力太郎に付き添う形で、翔真も早朝から通学することにした。梅雨の中休みで、長い下り坂のむこうに広がる海は、朝日を浴びてガラスの粒をばら撒いたように煌めいていた。

 学校の正門はまだ閉まっているので、裏門へと回る。ナンバーロックにあらかじめ作からきいていた番号を入力し、そっと門扉を押すと、頑丈な金属製の縦格子が難なく開いた。

 牛舎には、すでに力太郎がいて、牛の鼻に綱を通しているところだった。


「おはよう、リキ」

「おう、早速コイツを散歩に連れて行こうかと思ってたんだ。翔真も一緒に行こうぜ」


 力太郎は牛の鼻に通した綱を引っ張るが、牛はその場を離れる気がないのか、歩き出そうとしない。


「ダメだ。まだ俺たちに警戒心があるのかもな」

「しょうがないよ。とりあえず裏山から餌になる草を刈ってこよう」


 翔真と力太郎はいったん牛舎を離れ、校舎の裏手にある小高い山へむかった。牛舎の中に古びた鎌を見つけていたので、それで牛が好んで食べそうな若草を刈れるだけ刈って、手押し車に積んで牛舎へと戻った。餌桶に刈り取った草を放り込むと、牛はゆっくりと草を食んだ。


「しばらくは誤魔化しながら飼えるだろうけど、牛主が見つからないと、いずれは学校にもバレるだろうな」

「まあ、さすがにね。ところで、この牛、顔つきがハルに似てるよね。精悍でいて優しそうだ」

 翔真は食事中の牛の顔をやさしく撫でる。牛は特に嫌がるそぶりも見せず、黙って草を食べている。

「翔真には懐きそうだな、コイツ。俺が鼻綱通そうとしたら、すっげえ嫌がったのに」

「リッキーは牛を怖がらせて調教するから、見透かされたんだよ」


 人に性格があるように、牛にも性格がある。優しくておとなしい牛もいれば、すぐに牛舎を脱走しようとする不心得者まで様々だ。

 それでいて牛は頭のいい生き物でもある。相手が自分よりも力がないと知れば、牛主や調教師のいうことをきかなくなる。だからこそ、ときに厳しくしつけながら、それでも愛情をこめて育てることが大切なのだ。力太郎はどちらかというと、牛に厳しく接する時間が長いと翔真は思っていた。


 牛舎を一通り掃除したところで、ちらほらと登校してくる生徒たちがあった。ここであまり長居していると、いつ他の教師に見つかるかわからないので、二人は作業を切り上げることにした。

「じゃあな」

 翔真が牛の頭をなでると、満更でもなさそうに牛が目を細めた。

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