第10話 牛が来た!
「はぁ? 牛の世話を頼まれたぁ!?」
授業が終わり、いつもの四人で二見灘方面への坂道を、自転車を押しながらしゃべっていると、今日の昼間の呼び出しの話になった。
からかい半分に「何か悪いことした?」ときく桃華に、力太郎は真面目な顔のまま「牛の世話を頼まれた」と返答し、彼女が声を裏返してそういったのだ。
「でもなんでリッキーに?」
「この前の闘牛大会を見に来ていたんだって。先生、実家が
「九重島にも闘牛文化があるもんね」
翔真がうなずく。
「さすがに犬猫とは違うし、簡単に牛なんて飼えないからな。まあ、次の買い手が見つかるまでだっていうし。週末には闘牛連盟に譲渡先を探してもらう予定らしいんで、譲渡先が決まればお役御免だから、別にいいかと思って。朝、いつもより早めに行けばいいだけだし、ももタロも今は休養中だから、放課後も時間はあるし」
「学校に闘牛の好きな先生なら他にもいるでしょ?」
呆れ顔の桃華に、翔真が苦笑いで答えた。
「こっそり学校の牛舎借りてるから、大っぴらにできないんだって」
「真面目そうな顔しておいて、結構やるわね、あの先生……」
「実際、あそこに牛がいたとしても、農芸科の授業かなんかで使うんだろう、くらいにしか思わないもんね」
「いくら奥乃島がユイの島だとはいえ、さすがに農家に牛舎を借りたり世話してもらうのに、タダってわけにもいかんし、だったら、俺たちが手伝ってやるしかねえだろ」
「でも繁田くん、なんだか楽しそうじゃない?」
「だって、リッキーは正真正銘の闘牛馬鹿だから」
桃華に馬鹿だといわれたのに、なぜだか力太郎は誇らしげにサムアップしてみせた。
♉
次の日は力太郎に付き添う形で、翔真も早朝から通学することにした。梅雨の中休みで、長い下り坂のむこうに広がる海は、朝日を浴びてガラスの粒をばら撒いたように煌めいていた。
学校の正門はまだ閉まっているので、裏門へと回る。ナンバーロックにあらかじめ作からきいていた番号を入力し、そっと門扉を押すと、頑丈な金属製の縦格子が難なく開いた。
牛舎には、すでに力太郎がいて、牛の鼻に綱を通しているところだった。
「おはよう、リキ」
「おう、早速コイツを散歩に連れて行こうかと思ってたんだ。翔真も一緒に行こうぜ」
力太郎は牛の鼻に通した綱を引っ張るが、牛はその場を離れる気がないのか、歩き出そうとしない。
「ダメだ。まだ俺たちに警戒心があるのかもな」
「しょうがないよ。とりあえず裏山から餌になる草を刈ってこよう」
翔真と力太郎はいったん牛舎を離れ、校舎の裏手にある小高い山へむかった。牛舎の中に古びた鎌を見つけていたので、それで牛が好んで食べそうな若草を刈れるだけ刈って、手押し車に積んで牛舎へと戻った。餌桶に刈り取った草を放り込むと、牛はゆっくりと草を食んだ。
「しばらくは誤魔化しながら飼えるだろうけど、牛主が見つからないと、いずれは学校にもバレるだろうな」
「まあ、さすがにね。ところで、この牛、顔つきがハルに似てるよね。精悍でいて優しそうだ」
翔真は食事中の牛の顔をやさしく撫でる。牛は特に嫌がるそぶりも見せず、黙って草を食べている。
「翔真には懐きそうだな、コイツ。俺が鼻綱通そうとしたら、すっげえ嫌がったのに」
「リッキーは牛を怖がらせて調教するから、見透かされたんだよ」
人に性格があるように、牛にも性格がある。優しくておとなしい牛もいれば、すぐに牛舎を脱走しようとする不心得者まで様々だ。
それでいて牛は頭のいい生き物でもある。相手が自分よりも力がないと知れば、牛主や調教師のいうことをきかなくなる。だからこそ、ときに厳しくしつけながら、それでも愛情をこめて育てることが大切なのだ。力太郎はどちらかというと、牛に厳しく接する時間が長いと翔真は思っていた。
牛舎を一通り掃除したところで、ちらほらと登校してくる生徒たちがあった。ここであまり長居していると、いつ他の教師に見つかるかわからないので、二人は作業を切り上げることにした。
「じゃあな」
翔真が牛の頭をなでると、満更でもなさそうに牛が目を細めた。
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