第26話 交渉成立!

 ついに学校からのお墨付きをもらった力太郎は、その日の放課後、職員会議が終わるのを待って、作の車で三津間コロセウムへとむかった。若葉から清正へ連絡をつけてもらうと、コロセウムにある連盟の事務所で面会することになったのだ。

 清正とは二度目の面会となる力太郎は、幾分緊張感も和らいでいたが、その代わりに作が落ち着かない様子で、飾り気のないパテーションで囲まれた応接室のあちらこちらに視線を泳がせていた。


「本当に話はついているのかい? ここでひっくり返されたら、僕は学校で立つ瀬がなくなってしまうよ……」

「大丈夫だって、先生は堂々と学校で認められたっていうだけでいいんだから。だいたい、先生、牛を押し付けたくせに、全然部活に顔を出さないじゃないか」

「新任だからいろいろ気を遣うんだ、しょうがないだろ」


 内緒話をするようにひそひそ声でやりとりをしていると、「お待たせしてしまってすみません」と、よく通る嗄れ声が響いた。パテーションの扉が開いて、応接室に二人の男が入ってきた。一人は若葉の養父の清正と、もう一人は七福神の恵比寿様のようなふくよかな体型をした、力太郎もよく知る連盟の理事長だった。


「どうも、先生。奥乃島闘牛連盟の小林です。こちらは連盟理事長の盛重です」

「えっと、三津間高校で生物部の顧問をしている作稔といいます。この度はうちの部員がいろいろとお世話になっておりまして……」

「こちらこそ、先生には普段、若葉ちゃんがお世話になってまして……」


 作と小林はテーブルをはさんでぺこぺこと頭を下げ合っている。そのやりとりを珍しい生き物でも見るように、しげしげと眺めていると、ふいに盛重のが力太郎にむかって、前置きなしに話し始めた。


「力太郎のアイデア、うちの役員たちがみんな感心していたぞ。三津間コロセウムという立派な施設ができたものの、最近の大会はマンネリ化しているという声はあってな。けれど、みんなそれをどうすればいいのか、なかなかいいアイデアが出なかったんだ。それを、力太郎たちがなんとかしようってんだから、お前もただの闘牛馬鹿じゃなかったってことだな」

「それ、ひどくないですか、理事長?」


 はっはっは、と大口をあけて盛重は愉快そうに笑う。盛重は理事長という地位ではあったが偉ぶった様子はなく、それどころか、力太郎や翔真たち若手闘牛士のことををいつも気にかけてくれていていた。


「先生、こいつはなかなか見込みのあるヤツだ。勉強はダメかもしれんが、まあ、気長に育ててやってくださいよ。意外な才能をもってるかもしれんからな」

「いや、恐縮です」

 作は肩をすぼめて、ポケットから取り出したハンカチで額を拭った。

「それで、学校側からは連盟との協力についての承諾を得られたと考えてもいいんだな」

「ええ。今日の職員会議で正式に承認されました。覚書をかわす必要はありますので、今日はそのたたき台を持参しまして……」

「わかった。見ておこう」

 書類を受け取り、紙面をさっと目を通しただけで、盛重は視線を力太郎に戻した。

「それと、力太郎たちの夏の全島大会出場だけどな、今回は特別番組を組む。本来なら全島大会のエントリーには連盟の公認大会で実績が必要だが、今回はお前の努力を買うことにした。ただし……」

「ただし?」

 力太郎は声のトーンを一段高くした。

「学生の本文は勉強することだ。闘牛大会の詳細については、今度の期末テストが終わるまでいったんお預けだ」

「そ、そんなぁ」

 力太郎が気の抜けた声を出すと、盛重と清正は、はっはっはと声をあげて笑った。

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