第11話 三津間高校生物部

「え、もうバレたって?」


 翔真が呆れ顔で力太郎を見上げた。二限目と三限目の休み時間、力太郎が翔真のもとへやってきて、大きなため息をついた。


「ああ、一限目が作先生の授業だったんだけど、終わってから先生に呼ばれてさ。なんでも朝イチで教頭に説明を求められたんだって」

「馬鹿としかいいようがないわね」

 桃華がどうしようもない、とばかりにかぶりを振る。

「それで? 牛は?」

「いや、それがさ、咄嗟に『あれは生物部が飼育している牛です』って嘘ついたって。俺が生物部で、そこが飼育しているってことにしてるんだと」

「なにそれ!」

 桃華が猫のような目をさらに大きく見開いた。

「もともと、うちの文化部なんてあってないような部活ばっかりだろ? 生物部もあるにはあるんだけど、ここ数年間は部員がいなくて名前だけが残ってる状況だ。で、これだ」


 力太郎は桃華たちに一枚の紙を差し出した。表題に『入部届』と大きく印刷されている。氏名欄には力太郎の名前と生物部の名称がすでに記入されてある。


「もしかして、それをOKしたってこと?」

「まだ正式には承諾してない。それに生物部として活動するなら、活動報告だって必要になる。そんな面倒なことを俺がしたがると思うか?」

「普通なら思わないわ。でも、そうねぇ。学食の大盛カツ丼一週間分とかならやりかねないわね」


 力太郎がぷいと目をそらした。


「冗談でしょ? 信じらんない!」

「ちょっと、待ってくれ! 別にそれで買収されたわけじゃないんだ。実際、俺一人じゃどうしようもない。正式に部として成立するには、部長と会計、最低二人の部員が必要になる。もし翔真も桃華も入部しないとなれば、この話はここで終わる。先生にもそういってる」

「じゃあ、そのときはあの牛はどうなるの?」

「どうもしないさ。先生が適当に言い訳をつけて、闘牛連盟の連中に引き取ってもらうだけだ。でも……チャンスだと思わないか?」

「チャンス?」


 桃華と翔真が不思議そうに互いに目を合わせる。


「そうだ。どういう理由にせよ、先生が闘牛を学校に連れてきて、今そいつの処遇が俺たちに委ねられてる。いくら闘牛が盛んだといって、誰もが気楽に闘牛を飼えるわけじゃない。高校生で牛を持ってる俺の方が稀なくらいだ。それを、堂々と飼えるんだ。しかも、学校で!」

 興奮する力太郎とは対照的に、翔真は冷静に反論する。

「ちょっと待てよ。闘牛の世話が大変なことくらい、力太郎ならよく知ってるだろ? 学校に行く時間ですら惜しいほどだったんだ」

「だからいいんじゃねえか。学校にいる間はずっと牛の面倒を見ていられる」

「学校がない土日はどうするんだ?」

「運動部だって普通に土日も練習に来てるじゃねえか。問題ねえよ」

「呆れた。本当の闘牛馬鹿ね。ショーマ、こんな馬鹿に付き合う必要ないわよ」

「うん。おれもそう思う。いくらなんでも、学校で牛を飼うなんて、さすがに無茶だよ」

「お、おい二人とも……」


 力太郎の縋るような視線に背くように、桃華がスカートを翻して立ち去ろうとした、そのとき。


「あの、わたし……」


 と、控えめな声が翔真たちの背後からきこえた。振り向くと、若葉が戸惑いと恥ずかしさが同居したような顔をして、スカートの前で指先を弄んでいる。


「わたしでよかったら、入ってもいいよ。生物部。二人いれば部として成立するんでしょ?」

「待ちなさいよ、若葉。本気でいってるの? リッキー、生物部なんていってるけど、単に学校公認で闘牛育てようとしてるだけよ?」

「それに、若葉は牛を育てたことないだろ? 牛を育てるってマジでしんどいよ? 毎日餌やりはしなきゃいけないし、糞尿の処理だってすごい量になるし、軽い気持ちでやるっていってるなら……」

「別に軽い気持ちじゃない。わたし、本気で繁田くんと一緒にやりたいと思ってるの」

「若葉、あなたもしかして……」


 桃華の言葉を視線で制するように一瞥して、若葉は力太郎にいう。


「わたし、本当になにもできないけれど、繁田くんはそれでもいい?」

「あ、あったりまえじゃねぇか! サンキュー、ワッキー!」

 指先をもじもじと動かしていた若葉の手を、そのごつい手のひらでくるんで力太郎は笑った。若葉の頬が電気を灯したようにじわりと赤く色づいた。


    ♉


 力太郎と若葉はこの日から早速、生物部として活動を始めたため、放課後に時間を持て余した翔真は、なんとなく桃華と三津間港までやってきていた。

 桃華はいつかと同じように、突堤から足を投げ出して座っている。つま先に靴をぶらぶらとさげているので、いつか海に落とすんじゃないかと翔真はハラハラしたが、不思議と靴は桃華のつま先から落ちたりしなかった。


「まったく、リッキーには呆れるわ」

 今日何度目かのそのセリフに翔真は引きつった笑みを浮かべる。

「まあ、いくら生物部だからって闘牛を飼育していいとはならないと思うんだ。そうなりゃ、リキもあきらめざるを得ないと思うし」

「まあ、そうね。でも、あの食欲と牛欲うしよくのカタマリはどうにかならないものかしら」

「牛欲って……」


 こうして新たな単語が生まれるのだなと翔真は呆れとも感心ともつかない顔で、隣に座る桃華を見遣る。と、桃華が肩越しに振りむき、翔真をまっすぐ見つめ返してきた。


「若葉ってさ、変わってる子だなって思うの」

「どうしたの、いきなり?」

「こんなド田舎に離島留学してくる子って、たいてい『こんなことがしたいから来ました』って、そういう押しつけがましい妙なパワーあったじゃない? 自然が好きとか、ダイビングがやりたいとか。でも、若葉は違う。なんていうか、誰かが決めたことに従ってるみたいって、そんな風に思うことがある」


 そういわれて、翔真は二年前に離島留学生が起こした、とある事件を思い出した。

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