第12話 三木若葉

 離島地域の大半は中学校、あっても高校までの教育機関しかなく、それ以上の高等教育機関に進学するためには、卒業後に島を出る必要があった。そのため、最近では多くのの子どもたちは島外で就職し、そこに生活基盤を築くようになっていた。

 必然的に、離島地域では人口流出がおこり、少子高齢化が進行する。小中学校が合併しても、生徒数が十人に満たないといった地域も珍しくなかった。 そんな離島地域の少子高齢化対策として策定されたのが「離島留学プログラム」だった。


 『島嶼地域における豊かな自然環境や独自の文化の中で、子どもたちがのびのびと学び、生きる力を育む』という目的を掲げ、国が全面的に支援している学習プロジェクトで、学校という地域活動の拠点を活性化させて、最終的にそれが離島地域全体に波及することを狙っている。

 奥乃島に限らず、離島を有する多くの自治体が、少子化への打開策のひとつとしてこのプログラムに参加していた。


 奥乃島において最初にこの離島留学プログラムの参画を決定したのは、現在も三津間町長を務める龍田謙三、つまり桃華の父だった。

 このプログラムによって留学生の受け入れをする家庭には、留学生の両親からの受け入れ費用とは別に、国から月々七万円の助成金が支払われることになっていた。金銭的負担を減らし、離島留学生受け入れ先の門戸を広げる狙いがあったのだ。

 鳴り物入りでスタートした奥乃島の離島留学プログラムは、初年度には五組、その翌年には七組の留学生を受け入れ、大成功したかのように思えた。

 ところが、プロジェクト参画二年目の夏に事件が起こった。


 留学生であった中学生男子の一人が放火事件を起こしたのだ。

 火災による死者こそ出なかったものの、留学生の受け入れ先の家は全焼、さらにその近隣にも延焼し、島中の消防団員が総動員されるという、かつてない大事件になった。

 放火をした生徒は児童相談所へ送致されたが、そこで受け入れ先の家庭内で差別的取り扱いを受けていた、と発言したことで、問題が大きくなった。国から支払われている助成金も、留学生のためではなく、受け入れ家族の遊興費として使用されていたことが明るみになった。

 さらに、調査が行われるにつれ、彼がもとの学校に馴染めずに不登校になり、両親から厄介払いのようにこの島にやってきたのだと判明した。というのも、離島留学の受け入れ先へ、両親から支払われるべき養育費が、一度も払われていなかったのだ。


 もともと、選挙のたびに熾烈な選挙戦が繰り広げられる地域ではあったが、この騒動によって、龍田町長への不満を募らせていた反対派は、今こそ政権交代の機運とばかりに息巻いた。

 反町長派は毎日のように町役場前でシュプレヒコールをあげ、自分たちの子どもには、親町長派との交流を禁止した。


 当時、中学三年生だった桃華もその渦中に身を置かざるを得ず、学内外を問わず、反対派からの強烈なバッシングにさらされることになった。そのせいで、東京の私立学校の受験に失敗し、結局、桃華は地元の三津間高校に通うことになった。

 中学卒業の日、桃華は髪を染めたという。


 ただ、この反対運動は思わぬ形で収束することになった。

 当時の首相だった鳥山総理が、沖縄の基地問題に言及し、その基地移設候補地として、奥乃島の名を挙げたのだ。図らずもその発言が、分断された島民を一致団結させることになった。


 島のほぼ全住民が、基地移設反対の署名をし、大規模な反対集会を毎週のようにおこなった。その運動の高まりとともに、離島留学プログラムにおける対立は自然消滅的に解消され、翌年からは離島留学プログラムそのものも実施が見送られた。

 ところが、二年の空白期間ののちに、突如としてやってきた離島留学生。それが三木若葉だった。


「おい。きいたか。あの離島留学生の話。なんでも、東京では施設で暮らしてたらしいぜ」

「それって、家庭環境に問題があるってことだろ」

「マジかよ……オレ、ちょっと関わるのやめておくよ。また放火されたらたまったものじゃないし」

「わたしたちも気をつけなきゃ。あんまり気軽に会話しないほうがいいんじゃない?」


 若葉が転校してきた二日後には、そんな噂が教室内でささやかれていた。

 特にクラスの半数を占める三津間町の生徒たちには、二年前の留学生による放火事件や、それに端を発して町を二分した町長への反対運動の嫌な記憶が、まだ克明に残っていた。その空気は瞬く間にクラス全体を飲み込み、誰もが離島留学生である若葉と会話することを避けていたのが明らかだった。


「もしかして桃華も、若葉があの二年前の留学生と同じだって、そう思ってるの?」

 翔真の問いかけに、桃華はきょとんとした顔で、数回、目を瞬かせた。しかし、すぐに、ぷっと吹き出して、「まさか。私をクラスの連中と一緒くたにしないで」と、つんとすました顔で否定した。

「若葉は、今まで自分から何がしたいっていう子じゃなかった。なのに、リッキーが生物部を作るっていったら、若葉が、自分の意思でやるっていったのよ」

「そりゃあ、彼女もこの島の暮らしやおれたちとの間柄に慣れてきたからじゃないの?」


 翔真がそう返答すると、桃華はどこか不満そうに半眼で見つめ返し、ふんと鼻を鳴らして立ちあがった。スカートについた砂をはたくと、スクールバッグを肩に背負いなおして、すたすたと堤防の上を港の方へと歩き始めた。


「桃華?」

「あのさ、ショーマもリッキーも闘牛はそこそこにしとかないと、嫁の貰い手が来なくなっちゃうからね」


 振り返ることなくそういって桃華はひらひらと右手を振った。桃華がなぜ若葉の話から、急に翔真たちの闘牛の話をしたのかわからず、翔真は堤防の上に取り残されたかかしのようにしばらく突っ立っていた。

 ケーソンの隙間で砕ける波の音が無駄にクリアに翔真の耳に届いていた。

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