第3話 ももタロショーグンX

 学校につくと、翔真たちは自転車を校舎脇にある駐輪場へ停めた。駐輪場のフェンスのむこう側には、農芸科が飼育している豚の豚舎が見える。

 この島では「奥乃島ポーク」というブランド豚の生産が盛んで、農芸科では養豚の授業まである。豚舎の隣には今は使われていない小さな牛舎が一つ。周囲はまったく手入れされておらず、雑草が伸び放題になっていた。

 四人のうち、力太郎だけが農芸科で、あとの三人は普通科だった。農芸科の教室の前までくると、力太郎は細い目をいっそう細くしていった。


「翔真は翔真のペースで闘牛とむき合えばいいさ。でも、せっかくだから今回はワッキーを連れて見に来いよ。なあ、ワッキー」

「うん、わたしも一度見てみたい」

「だそうだ。そういうわけだから、ワッキーのことを頼んだぜ」


 力太郎は手を振って農芸科の教室に入っていった。


「ま、リッキーなりの気遣いなんじゃない?」


 教室に入ったところで、桃華が追い抜きざまにそういって、自席の隣に座る女子生徒に「おはよう」と挨拶をする。すぐに話題は昨日のテレビの話になった。タドコロさんの『日本列島ルーレットの旅』にゲストで出ていた、モデル出身タレントがカワイイとか、そんな他愛もない話題だった。

 県立三津間高等学校は島唯一の高校で、全校生徒は普通科と農芸科を合わせても二百人程度しかいない。

 部活動もさして活発ではなく、運動部ならば男子の野球部とバレーボール部、あとは陸上部の三つがあるのみで、女子に至っては、運動部はバレーボール部と陸上部だけ。

 文化部は唯一、吹奏楽部が十数名の大所帯だが、それ以外はどこも部員は数名程度で、顧問も名前だけ。活動してるかさえ怪しいといった具合だ。


 翔真も力太郎も部活はしていなかった。

 というのも、力太郎は学校が終わると、急いで自宅に帰り、自分の牛の世話をするのが日課だったからだ。そして、力太郎が牛の世話をするときには、たいてい桃華が一緒にいた。そのため、周囲の生徒たちはこの二人に「桃太郎」というあだ名をつけてからかっていたが、二人とも気にするそぶりもなかった。

 やがて、力太郎は自分の牛に「ももタロショーグンX」という、人気のアイドルグループに似た名前を付けて闘牛大会に出場するようになった。

 ももタロショーグンXは和牛農家を営む力太郎の家で生まれた牛で、今年で四歳だ。去年、闘牛デビューをして、非公認大会では五戦全勝。その活躍が闘牛連盟の理事の目にとまり、念願だった闘牛連盟主催の全島大会出場の切符を手に入れることとなった。


 ところが、春の全島大会の取り組みを決めるという段階にきて、ちょっとした問題が連盟内で起こっていた。烈豪鬼虎と同じ番付にいた牛主たちがことごとく対戦拒否を申し出たのだ。

 じつは烈豪鬼虎のこれまでの取り組みのうち、実に半分以上の試合で対戦相手の牛が廃牛になっていた。そのため鬼虎についたあだ名が「殺し屋」。牛主たちは愛牛が廃牛になるのを恐れて、殺し屋、鬼虎との取り組みを望まなかったのだ。

 対戦相手が決まらなければ、興行主である闘牛連盟の面子がたたない。そんな中、白羽の矢が立ったのが力太郎だった。

 ももタロショーグンXは今回がデビューの花形牛だったが、これまでの五戦はいずれも、圧倒的な強さで勝ち抜いてきた。本来ならば、連盟公認の全島大会で、花形牛が二つも上の番付の牛と対戦することはない。しかし、力太郎はこの試合に勝てばももタロを鬼虎と同じ番付まで昇格させることを条件に、連盟が打診してきた対戦を請け負ったのだった。


     ♉


 全島大会を翌日に控えた金曜日の放課後。翔真と力太郎が駐輪場に行くと、そこに桃華と若葉がいた。


「せっかくだし、若葉にもリッキーの牛を見せてあげようと思って」

 桃華はそういうと、断りもなく力太郎の自転車の荷台にまたがった。

「若葉はショーマに乗せてもらって」

 当然といわんばかりの口ぶりだった。翔真は一瞬、若葉と目を合わせて、ふっと息をついた。

「いいよ。どうせなら角研ぎも見ておいたほうが面白いだろうから」

「あ、ありがとう」


 申し訳なさそうにお礼を述べて、若葉は翔真の自転車の荷台に横乗りになった。腰に手を回された翔真は、一瞬ドキッとしたが、悟られまいと必死で平静を装った。


「それじゃあ、レッツゴー!」


 なぜか、桃華が一番テンション高く、右手を突き上げた。校門で誰かが「桃太郎だ」と声をあげたが、力太郎も桃華も振りむきもしなかった。


 学校を出て三津間港前の交差点を東に曲がり、二見灘へ続く長い坂道の途中で、桃華と若葉は自転車を降りて歩くことになった。足腰の鍛錬がたりないと、桃華は不平を漏らした。力太郎が「桃華の体重の問題じゃねえか?」と口を滑らせ、桃華に頭をたたかれた。

 もっとも、桃華は体重を気にするようなスタイルはしていない。むしろ、出るべき部分にもう少し肉がついていたらいいのに、と二人の後ろで自転車を押しながら翔真は思った。

 空へと続く坂道のむこうには綿菓子を積み重ねたような濃密な雲が、風を連れて流れていた。

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