第24話 生徒指導室での対決

 小林家に直談判をしに行った翌日、吹奏楽部の昼練習の終わりを待って、力太郎は友樹に声をかけた。


「トモ兄、ちょっといいか」

「力太郎。どうした?」

「トモ兄の……吹奏楽部の力を借りたいんだ。今、生物部で八月の全島大会に出場したいと考えている。そのためには、学校の公認を貰わなきゃいけない。でも、生物部だけじゃ学校を説得するには至らないと思う」

「それで吹奏楽部が何をすればいいと?」


 闘牛と吹奏楽部の関連がまるで分らないとばかりに小難しい表情を作った友樹に、力太郎が大きな口をぐいと曲げて、白い歯をのぞかせた。


「オープニングアクトだ」

「オープニングアクト?」

「ああ。普通、闘牛大会のオープニングは封切り戦といって、特別な取り組みが組まれることが多かったんだ。闘牛大会の始まりが闘牛なんだよ。実はその封切り戦に生物部で参加できないかって考えてた。けど、せっかくの島の祭りだ。もっとエンターテイメント性があるべきだろ? 観客を楽しませるためのプログラムにバリエーションを持たせるのは、連盟にとってメリットになる。学校側には、地域交流という大義名分もできるし、なにより吹奏楽部の演奏の機会が増える! おまけに本土のコンサートホールの収容人数はせいぜい五百人。でも闘牛大会には、二千人以上の観客が集まるんだ。その人数を前に演奏なんて、高校生活で何度経験できると思う?」

「二千人の観衆に囲まれて闘牛場のリングで演奏するってのか?」

「そう。それって武道館コンサートみたいだろ? もちろん、この企画には生物部も一枚かませてもらうけど。金曜日の午後には職員会議がある。それまでに作先生を通じて、学校側に要望書を出すつもりだ。どうにかして今日中に吹奏楽部の連中の同意を取り付けられないか?」


 じっと考え込んでいた友樹が、「わかった」と小さく頷いた。


「今日、みんなで話し合ってみる」

「ありがとう。また電話してくれ。連盟と学校、どちらも納得させなきゃダメだけど、きっとみんなもやりがいを感じてくれるはずだ」

 友樹は呆れとも感心ともつかない息をつく。

「まったく、お前の闘牛馬鹿っぷりには敵わんな。けど、あの闘牛場を日本武道館だっていった発想、悪くないと思う」

「ワッキー、若葉が教えてくれたんだ。みんな離島留学生についていろんな意見を持ってるけれど、少なくとも俺は、この島にはない感性を持っている若葉は、島にとって必要な存在だと思ってる」

「生物部にとって、じゃないんだな。けど、お前がいうならそうなのかもしれないな」


 友樹は優しく微笑んで、力太郎の背を叩いた。力太郎は再度、全島大会での演奏を念押しして、友樹と別れた。まだまだやるべきことはたくさんあった。けれど、こんなにやる気に燃えているのは久しぶりだった。


     ♉


 木曜日の放課後。力太郎は職員室の作のもとを訪れていた。緊張した面持ちで、二度、三度と深く呼吸をする。


「繁田君、作先生。お待たせしました。どうぞ」


 声をかけられ、職員室から直接ドアで隣室に通される。そこは生徒指導室で、校内外での素行不良の生徒を指導する、高校生活において、もっとも立ち入りたくない部屋の一つだ。

「悪いわね。今日は応接が使っていて、ここしか空きがなかったから。まあ、座って。すぐに教頭もくるから」


 そういって力太郎をパイプ椅子に座らせたのは、この学校の生活指導担当教諭の北野だった。背中までのびたまっすぐな黒髪がトレードマークで、四十歳をとっくに過ぎているというのにいまだに独身。口許には笑みが浮かんでいるが、目はどこか獲物を狙う肉食獣のような隙のない鋭さが宿っている。

 ちなみに北野が赴任してきてから、この島での高校生の非行の検挙数が九割も下がったという逸話がある。それだけに、北野に目をつけられれば、生物部の存続自体が危ぶまれることになりかねない。いつにもまして緊張しているのはそのせいだ。

 三分ほど座って待っていると、職員室側の扉が開いた。遅れて生徒指導室に入ってきた初老の男性が、教頭の錦織にしごりだった。への字に曲がった口許が、何代か前の首相にうり二つだった。

 錦織は「んんっ」と咳ばらいをひとつして着席すると、特徴的なしゃがれ声でいった。


「さっそくだが、生物部と吹奏楽部からの共同の要望書があるということだな。見せなさい」

「お、お願いします」


 力太郎が差し出したのは昨日、翔真の家で夜遅くまでかかって作った闘牛大会への参加要望書だ。

 役場の職員をしている稜真にも手伝ってもらったから、書式としては申し分ない出来栄えになっているという自信はあった。あとは、その内容に学校が首を縦に振るかどうかだ。

 錦織は要望書を上から下まで目を通し、さらにそれを北野にも手渡した。その間、約五分。力太郎には異様なまでの長さに感じられる五分間だった。やがて、要望書を読み終え顔をあげた錦織は、テーブルの上に両肘をついて指を組んだ。

「つまり、生物部と吹奏楽部は闘牛連盟の主催する大会に、部活動として参加したいということか」

「はい。連盟側とは大枠での話はできています。あとは、学校から許可をもらえれば、理事会で審議してくれるそうです」

「要望書では闘牛大会に参加することで、学校にとって地域との連携ができる、と書いてあるが、具体的にどういった連携があると考えているんだ」

「それは……た、例えば……吹奏楽部の演奏会に足を運んでもらったり、あと、今後の地域行事にも協力できたりするんじゃないでしょうか」

「生物部としてはどうだ。闘牛大会に、生物部が飼育する牛が参加することで地域とどういった繋がりがもてる?」

「この島の島民は闘牛が好きな人が多い。そうした人たちと交流をすることで、共通の話題を持つことができると思います」

「それは部活動でなくてもいい」


 錦織の指摘はもっともだった。だが、力太郎はそれも織り込み済みだった。


「部活動だから必要なんじゃないですか? 部活動は部員同士が協力して何かを成し遂げる、その達成感は大切だと思います」


 むぅ、と渋い顔のまま錦織は北野に意見を求めるように「どうです?」とたずねた。北野はあの野獣のような眼で力太郎の眉間あたりを突き刺しながらいった。

「君たちの部に対する情熱はわかった。吹奏楽部と協力するというのも、部の垣根を取り払った活動として評価できます」


 北野の口から「評価できる」と聞かされ、力太郎は思わず頬を緩めた。しかし、その歓喜は一秒と続かなかった。


「ですが、結論からいえば、学校側としてはこの要望に対して許可をすることはできません」

「え、な、なんでですか!?」

 納得がいかないとばかりに上体を乗り出す力太郎に、北野は淡々と答えた。

「この要望書につけられた署名は生物部三名、吹奏楽部十八名、合計で二十一名。全校生徒の一割でしかない。一割だけの生徒の要望を全て許可をしていたのでは、学校は機能しなくなる。せめて半数。百名の賛同者を募ってもらわなければ、許可はできません」

「そんな」

「そうがっかりしないで、繁田君。絶対に許可をしないといったつもりはないから。賛同者さえ集めれば、ちゃんと職員会議にかけ、しかるべき対応をします。来月も再来月も、職員会議は毎月あるから、そのときにまた要望をあげなさい」

「……わかりました」


 力太郎は肩を落として生徒指導室を出る。事情を知らない生徒が見たら、教育的指導を受けたのだと勘違いされたに違いない。

 とにかく、吹奏楽部の友樹に結果を知らせに行く必要があった。力太郎はいつにもまして重たい足を引きずるように吹奏楽部の部室へむかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る