第5話 白鷺乃音は動じない
「今時、VHSテープって……」
今、俺はレンタルビデオ屋に居る。
インターネットやスマートホンが普及する現代に於いて、映画のビデオを見るのにわざわざディスクを借りにお店まで行くなんてと思っていたのだが、目の前に並ぶパッケージを見て俺はつい声に出していたらしい。
白鷺乃音は表情には出さないものの、なんだか不満そうな様子で俺の横に並び映画を選びながら反論してきた。
「わかっていないわねあなた。昔の映像作品を見るのに、昔の画質と音質で見なくてどうするのよ」
「そんなに好きな作品なら、綺麗な画質と音声で見れた方が良くないですか?」
「馬鹿ね。それじゃあ古き良き昭和の雰囲気を懐かしめないじゃない。ちなみにうちは、未だにブラウン管テレビよ」
いやいや、懐かしむも何も俺ら平成生まれでしょうが。
そう言いながら、ビデオのパッケージを手に取っては裏面を熱心に読み込む白鷺乃音。
なんだかんだ言いながら俺も、同じようにパッケージを手に取って映画を選んでしまっている。
なんだかわからないが昔の映画のパッケージってのは、妙にワクワクするんだよね。なんでだろうか?
そんな俺の心を読むかのように、白鷺乃音が話し出す。
「ビデオ屋ってのは、まるでダンジョンを冒険しているみたいな気分にならない?」
「え? 全然言っている意味がわからないんですけど?」
「こうやって棚に並んでいる数多の作品の中から。如何に自分好みの作品をチョイスできるか。見たことも聞いたこともない作品の内容を、タイトルとこの裏面のあらすじ、そして写真から読み取るしかない、お宝探しの冒険みたいだと思わない?」
そう言う白鷺乃音の声も、いつもより弾んでいるように聞こえるのは気のせいだろうか?
普段宇宙人の話ばかりしている白鷺乃音であるが、こういう子供っぽい一面もあるんだなと思った。
なんだか皆の知らない白鷺乃音の一面を知った気がして、俺は妙に嬉しく思ってしまった。
さて、なぜ白鷺乃音と一緒にレンタルビデオ屋に居るのかと言うと。
廃墟ビルの前でばったり出くわしたシーンに遡る。
「白鷺乃音!?」
「あら? こんなところで会うなんて奇遇ね。今帰りなの?」
「は、はぁ。いやその、ちょっと進路指導で先生に呼び出されていて」
「ふーん、そうなの。そんなに成績が悪いの? 大変ね」
いやべつに成績は悪くないからな。自慢じゃないけど、学年でもかなり上位に食い込むほどの成績なんだからな俺は。
「し、白鷺さんの方こそこんな所でなにを? まさか、ここに住んで……」
「そんなわけないじゃない。本当に頭が悪いのねあなた。こんなところに住めるわけがないでしょ。あなた、私の両親を馬鹿にしているの?」
「で、ですよねー……」
あれ? 怒ったのかな?
珍しいこともあったもんだと思うのと同時に、いつも言っているアンドロイド設定はどこに行ったんだあんた。アンドロイドに両親もへったくれもないだろう、それとも自分を作り出した博士が親だとでも言いたいのか? まあいいや。
「じゃ、じゃあ、この中でなにをしていたんですか? ここはもう数年前からテナントも入ってない廃墟ビルのはずですけど」
「べつに、ちょっとした野暮用よ」
「へー……」
俺が疑わしい目つきで見るも、白鷺乃音は涼しい顔でそれを受け止める。
すると、白鷺乃音はゆっくりと近づいてきて、顔を眼前まで近づけてくると目をじっと覗き込んできた。
良い匂いがする。それに……。
白い瞳の真ん中、瞳孔の部分だけが紅い瞳。その眼はなにやらただならぬ魔力を秘めているようで、俺は心の中を見透かされているような気分になって酷くドキドキした。
「ねえ、これからビデオを借りに行くんだけど一緒に来ない?」
「え? ビデオですか? いや、まあ別にいいですけど、なんで?」
「なにが?」
「いやなんで、俺と一緒に?」
「特に理由はないけれど。あなた、昔の映画とか詳しそうだし、なにかお奨めはないかしらと思って」
いやあ、絶対にあんたのほうが詳しいだろう。しかもマニアックな方向に。
と言うわけで特段断る理由もないので、白鷺乃音のよく行くレンタルビデオ屋に来たというわけだ。
「ねえ、これなんてどうかしら?」
そう言って白鷺乃音が見せてきたビデオのパッケージには「V」というタイトルと「1」という数字が書かれていた。
「なんですかこれ?」
「ビジターよ。知らないの? 1983年からアメリカで放送されたテレビドラマで、地球の資源を略奪しようとするエイリアンとレジスタンスの戦いを描いた名作よ」
「知りませんよ。て言うか、これって1巻ですよね? 全部で何巻あるんですか?」
「5巻よ。ちなみに、続編のV2/ビジターの逆襲っていうのもあるわ」
なんだか、ガン○ムの機体名とタイトルみたいだなんて思いながら説明を聞いていたのだが、て言うか絶対これ借りたことあるでしょあんた。
「こ、これなんてどうでしょうか白鷺さん?」
そう言って俺が手にしたパッケージを見ると、白鷺乃音は目を見開き固まってしまった。
「ど、どうしたんですか白鷺さん?」
「す、すば……すばら……」
「え? なんですか? どうしたんですか?」
白鷺さんは感動を抑えきれないといった様子で俺の手を取ると捲し立ててくる。
「素晴らしいわっ! やっぱり私の目に狂いはなかったわっ! ここでこの作品を引いてくるあなたのセンス! あなたと話せて、あなたとここに来られて本当に良かったわ」
「は、はあ……それはどうも、光栄です」
俺の選択した映画、「未知との遭遇」を意気揚々とレジに持って行くと、「中身は抜いて持って来てね」と、店主に注意される白鷺乃音であった。
「じゃあ、さっそく帰ってこれを見ようかしら」
「そ、そうですね。結構選ぶのに時間掛かっちゃったし、もう暗いですし気を付けてくださいね。それじゃあまた明日」
そう言って、俺が自転車に跨り漕ぎ出そうとした所で、白鷺乃音はブレーキを俺の手ごとギュット握って止めてきた。
「いてててええっ! な、なんですかいきなり?」
「なにを言っているの? あなたも一緒に見るのよ」
「は? なにがですか?」
「なにをって、この映画を」
「え? どこで?」
「決まってるじゃない? 私の家でよ」
「は?」
いきなりこの人はなにを言いだすのだろうか。
「いやいやいやいやいやっ! 無理ですよ。今何時だと思ってるんですか? もうすぐ20時を廻ろうとしてるんですよ? そんな時間に、女子の家に行けるわけないじゃないですか!」
白鷺乃音の急なお誘いに動転していると、なにやら彼女は考え込みしばらく「うーん」と呻った後に、更にとんでもないことを言いだした。
「じゃあ、私があなたの家に行くわ」
つづく。
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