第2話 白鷺乃音は譲らない
新緑の芽吹き始める初夏。
高校生活最後の一年が始まってから約二ヶ月ほど。
一年ごとにクラス替えを行うものの、二年以上も毎日同じ場所に通っていれば、クラスは違っても同級生の顔は大抵覚えているもので、今まで違うクラスだった面子ともすぐに打ち解けられるものだな、なんて思った。
俺の名前は「一ノ瀬チヒロ」都内の公立高校に通う普通の男子高校生だ。
趣味は映画鑑賞を始めとする、映像作品や音楽、漫画やアニメなんかのサブカルチャー。まあ、どこにでもいるティーンエイジャーの一人って感じで、クラスの連中も似たような感じだ。
漫画やアニメのように、一癖も二癖もあるようなキャラクターのやつなんて、そうそう居るわけもなく……。
いや、居るな……。
この学校には一人、とても無視することのできない個性的な人物が居たことを、一生忘れることなんて出来ないくらいに、インパクトのある人物が居る。
その人物は、今教室の前方黒板の前で、天文部の部長である佐藤君となにやら言い争いをしていた。
「ふ~、やれやれ。白鷺君、いくらなんでもそれは妄想が過ぎるんじゃないかな」
「妄想? 私はあくまでも事実を言っているに過ぎないわ」
「事実だって? 木星の衛星の一つであるエウロパに生命が存在するだなんて、そんな事実は現代に於いて存在しない」
「それは、あなた方が無知なだけよ」
最早珍しい事ではない。
佐藤君と言い争いになっているのは、
この高校に通う生徒なら誰もが知っている超有名人だ。
端正な顔立ちに、長身で手足のスラっと伸びたモデル体型。日本人離れした外見で、ハリウッドの映画女優かと見紛うようなその美貌に、男子生徒のみならず、女子生徒までも目を奪われてしまうような存在の彼女。
でも、ただ美人なだけならここまで有名になるようなことはなかっただろう。
白鷺乃音の容姿は普通の人とはちょっと違っていた。
頭髪から眉毛、睫毛に至るまで真っ白で、目も肌の色も、まるで“白鷺”のような彼女。薬品で色を抜いているわけではなく、先天的な体質の所為でそうなってしまっているらしい。
ただ、そんな外見も彼女にとってはマイナス要素にはならない。まるで物語の中に出て来る、妖精や女神の様に神秘的なその姿は、かえって彼女の美貌を引き立てる役割を果たしていると言えるだろう。
その美しい姿と、彼女の尊大な口調からいつしか「白鷺嬢」というあだ名を付けられるほどである。まるでどこかのお城の様だ。
しかし、彼女を特別たらしめている理由はそんな外見が理由ではなかった。
「じゃあ、なにかな? 君は、エウロパに生命が存在すると言う証拠を持っているとでもいうのかな?」
「今はないわ。でも今から約80年後、21世紀の終わる世紀末には証明されるわよ」
でた。シラサギノインの大予言。
もう、彼女の鉄板ネタとも言える、21世紀末に地球に侵略者が現れて人類は滅亡の危機に瀕するというものだ。
白鷺乃音の言葉を佐藤君は鼻で笑うと、眼鏡をくいくいと上げながら反論する。
「そんなお得意の躱し口上がいつまで通用すると思っているんだい」
「ならば、エウロパに生命が存在しないということをあなたは証明できるのかしら?」
「ははは、できないとも。しかしそれは悪魔の証明だよ白鷺君。1610年1月7日、ガリレオ・ガリレイによって発見された木星系衛星の一つエウロパ、理論的計算によって水が存在するということは1970年代から提唱されている。結果、水が存在するということは生命も存在するのではないか? と言う想像は誰もがするのは必然だ」
だんだん佐藤君がヒートアップしてきて、オタク特有の長ったらしい口上が始まってしまった。
「かつて、太陽エネルギーに依存しない生命は存在しえないと言われてきたが、太陽光の届かない深海生物の中には、既存生物とは異なる生態系を持つものが存在することが発見されると、その思考も現実味を帯びて来たのも事実だ!」
「ブラックスモーカーのことね。そんなものは常識中の常識よ」
「むぅ、中々に博識だね……」
「でも残念、エウロパに居る生命体はそんな単純なものじゃないわ。現在だと、木星には79個の衛星があることが確認されているわね。その中の一つ、地球からたかが628,300,000 kmしか離れていない衛星エウロパの観測をするのに、いまだに人類は多大な時間と予算をかけなくてはならない。でもね、エウロパに居る知的生命体“ジュピターナ”達は、そんな地球人類を遥かに上回る文明をもっているのよ」
白鷺乃音の荒唐無稽な作り話が始まると、皆もう、耳たこであり、佐藤君との議論に決着がつかないことを察してギャラリー達は散って行った。
不満そうな顔で聞いている佐藤君であったが、白鷺乃音と口論になっているとどこか楽しそうに見えるのは気のせいではないだろう。
宇宙の話をこれだけディープに語り合える相手はクラスには居ないから、なんだかんだで嬉しいんだろうな。
予鈴が鳴るとクラスメイト達は各々の席に戻り、白鷺乃音も俺の隣にある自分の席へと戻ってきた。
彼女は無表情のまま、教科書とノートを机の中から取り出すと、真面目に数学の授業を受けるのであった。
それがこの学校、そしてこのクラスに於ける日常である。
そんな白鷺乃音とクラスメイトであること以外に、この俺が彼女と接点をもつことなんてないだろうと思っていた。
あの日の下校途中、彼女が廃墟ビルの中から出てくる姿を見るまでは……。
つづく。
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