ヴァイス・ノイン・ブライダル
あぼのん
第一章 白鷺乃音
第1話 白鷺乃音はアンドロイドである
本人がそうだと言い張るのだからそうなのだろう。
だが、見た目はどう見たって普通の女子高校せ……いや、普通ではない……と言うのもちょっと語弊がある。
白鷺乃音は、まあ間違いなく一般的な公立高校に通う普通のティーンエイジャーではあるのだが、そのなんと言うか見た目が少し普通の人と違うと言うか。
いやいや、一般的に見ればはっきり言って顔立ちは超美人だ。
そして、細身の身体にすらっと伸びた手足のモデル体型。
身長も160㎝後半くらいあるだろう、日本人女性にしては長身である。出る所は出て締まるところは締まっている。夏の水泳の授業の時なんかには、男子生徒の視線を独り占めしてしまうような人物である。
じゃあ、何が普通の人と違うのかと言うと。これは、非常にナイーヴな問題で、現代社会では言い方によっては差別とも受け取られかねないものになってしまうから言い難いのだが。
率直に言おう。
彼女は、白鷺と言う苗字を体現するかのように、真っ白いのだ。
頭髪のみではなく、細い眉毛も長い睫毛も真っ白。瞳の色も青みがかった白に近く、瞳孔だけが赤く輝いている。
そして肌の色も、黄色がかった日本人の肌色ではなく。欧州の白人のように、いやそれ以上に白い肌をしている。
その姿はまるで、現世に現れた妖精のように美しかった。
アルビノと言う病気らしい。先天的にメラニン色素を作る機能がないらしく、そのような外見をしている人は、なんでも世界中に2万人に1人の割合でいるらしい。と言うことは担任教師の説明で知った。
ただ白いだけならば綺麗な人だなで済む話なのだが、黒目ではないことにより明かりが酷く眩しく感じたり、皮膚なども太陽光に短時間晒されるだけでも、火傷の危険もあったりするというのだから日常生活も大変である。
しかし、白鷺乃音は別にそんなことは気にも留めていない様子。
まるで健常者と変わらない、いや、そもそもアルビノの人が健常者ではないというような言い方自体が問題なわけで、いやいや、俺はそんなことが言いたいんじゃなくて。
とにかく、白鷺乃音を普通じゃないと言わしめている問題と言うのは、そういう外見的なことでないのだ。
「なにをさっきから、一人でブツブツと言っているのかしら一ノ瀬くん?」
白鷺乃音は俺の顔を覗き込むと無表情のまま問いかけてくる。
「え? 俺、声に出してました?」
「ええ。さっきから小声で、白鷺乃音は美しいとか。白鷺乃音は妖精のように美しいだとか。白鷺乃音は女神のように美しいだとか。美人過ぎる白鷺乃音って」
「それって全部、美しいってことですよね?」
「そうね、白鷺乃音と書いて『うつくしい』と読むって、一ノ瀬くんがそう言いたいことはよくわかったわ」
「いやべつに、そんなこと一言も言ってないですけど」
俺が否定するのを無視して白鷺乃音は徐に立ち上がると、校舎の屋上で太陽の光が燦々と照り付ける夏の空を見上げながら言う。
「でもね一ノ瀬くん。どんなにこの美しい私の姿に心を奪われてしまったからと言っても、そんな、外見だけで人を判断するようなことはあなたにはして欲しくないわ」
「そんな話してましたっけ?」
「いいから聞きなさい。一ノ瀬くん、本当に美しい人ってのはね。その心も美しいものなのよ。よく言うでしょ、人は見た目が9割だって」
「それってつまり。ほぼ外見が重要ってことじゃないですか」
「だからこそよ。残り一割の美しさに気が付けるような男になりなさい、一ノ瀬チヒロくん」
白鷺乃音は口元に少しだけ笑みを浮かべると楽しそうに言った。
いつもこんな感じである。彼女はあまり感情を表に出すと言うことがない。いつも淡々とこんな感じでわけのわからないことを言って、俺に絡んでくるのだ。
つまり、話しは戻るが、白鷺乃音が普通の人とちょっと違うのはこういうところである。
彼女のアルビノ体質は、人は外見が9割と言うのであれば、はっきり言ってプラスなのだが、残り一割の内面がめちゃめちゃ変人なのである。
一年生の時の自己紹介で、彼女は自分がアンドロイドであると言ったらしい。
とんでもない美人の口から出た、とんでもないネタに、そこに居合わせたクラスメイト達は、笑うことも驚くこともできず、ただただ茫然としていたらしい。
ふざけないようにと先生に叱られると彼女は、今のは冗談だと無表情のまま言ったところで、ようやくクラスメイト達から笑い声が零れたと言うのは有名な話だ。
それからの二年と数カ月に及ぶ彼女の奇行は、最早伝説を通り越して日常となっている。
屋上に謎の記号を書いてUFOを召喚する儀式を行ったり。文化祭のクラスの出しものでは、宇宙人の侵略映画を製作して、これがまた非常に出来が良く、それ以来、映研部員からしつこくスカウトを受けている。ハロウィンの仮装は『プレデター』と言うのが、彼女の中での鉄板ネタである。
そして極めつけは二年生の時のクリスマス。近所の小学校との交流会で、小学生達にサンタは宇宙人であるから気を付けろ、プレゼントからは人間を洗脳する電波が出ていると吹聴して回り、出禁を喰らったのも苦い思い出だ。
ことあるごとに、宇宙人やエイリアンネタを絡めてくるものだから、なにかそういったSFやオカルトめいたものが好きなのかと思えば、幽霊であるとか未確認生物なんかには興味がないらしく、とにかく宇宙人が好きなのである。
「こんどの土曜日。丸の内で遊星からの物体Xのリバイバル上映があるらしいの、一緒に見に行きましょう一ノ瀬くん」
「べつにいいですけど、DVDじゃダメなんですか?」
「駄目よ。劇場の大スクリーンで見るからいいんじゃない。ねえ、あなた。あの映画のラストシーン、生き残った二人は果たして人間なのかそれとも、『それ』に乗っ取られてしまっているのか。どちらだと思う?」
「さあ、どっちでしょうね。でも、そういうのって、明確な答えが出ないからこそおもしろいのかもしれませんよね」
俺がそう答えると、白鷺乃音はまた無表情のまま俺の顔を覗き込み。
「そんなのつまらないわよ。だって……」
そう言うと、スカートの裾を翻しながらくるりと廻って言った。
「だって、宇宙人は本当にいるのだから」
白鷺乃音はアンドロイドである。
なぜ、自分が宇宙人であると名乗らないのかはわからない。
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