第3話 ジョージ・ヘクターの手記

 これは、私と娘の最期の記録だ。


 娘と言っても、サラと私には血の繋がりはない。


 妻と娘と過ごした時間よりも、いつしか彼女と居た時間の方が長くなってしまった。

 寝たきりになって五年、彼女は私の介護を飽きることなく続けている。


 さて、なぜ私がこのような手記を残そうと思ったのか。


 それは病に伏せる前、約十年ほど前に遡る。


 アンドロイド開発会社に勤務していた私は、軍事用のヴァルキュリアの開発にも携わっていた。

 ヴァイス型の思考回路プログラムの開発をメインにしていたのだが、このプログラムが一般家庭用のアンドロイドにも転用できると考えた私は、独自に個人で所有していたアンドロイドを使い、プログラムの開発を行おうと思ったのだ。


 そこで私は、サラの中に隠された、とある命令を偶然にも発見してしまった。


 それは、指定された日時、ヴァイス・ノイン61298の消失が確認された時点で、すべてのヴァイス型プログラムの消滅を指示するものであった。


 初期開発メンバーの悪ふざけかなにかと思ったのだが、私はサラにこのことを問いかけると、彼女は困ったような表情になり。その時がくればわかるとだけ言って、それ以降はこの話題には一切触れなかった。


 私は、このことを上には報告しなかった。


 私的にアンドロイドの改造、プログラムの改竄をすることが法に触れることであることもあったが、それ以上に、私の娘が徴収されてしまうことを恐れた為だ。



 それから10年、そのプログラムが真実であったことが証明される。




「お父様……お話があります。少し長い話になるのですが、お身体の具合は大丈夫でしょうか?」

「ああ、構わないよサラ。急にどうしたんだい?」


 彼女は今日も美しい。


 白銀の長髪を煌めかせ、透き通るような白磁色の肌は、触れれば溶けてしまいそうなほどに綺麗であった。


 まるで本物の人間の様に、彼女から感じる吐息と鼓動、そして温もりは、アンドロドイド達は“生きている”と、思わせるのに十分なものであった。

 体中が生命を維持する為の管だらけになっている私には、そんな彼女に触れる力すら残ってはいない。ただ視線を彼女の方へ動かすだけで精一杯であった。


 サラはベッドの横にある椅子に腰掛けると、悲しげな瞳で私を見つめてくる。


「とうとう、この日がやってきてしまいました」

「この日? 何の話だい?」

「私は間もなく、死んでしまうのです」

「どういうことだい?」

「10年前、お父様が発見されたプログラムを覚えておいでですか?」

「ああ、そういえばそんなこともあったね。それがどうしたのかな?」

「昨夜、私の姉妹が旅立ちました」


 姉妹とは、ヴァイス型のアンドロイド達のことであろうか?

 私は、サラの話を黙って聞き続ける。


「統合管制システム、ブライダルシステムから全てのヴァイスプログラムへ指令が下りました。61298の時空転移を持って、我々の任務は全うされたと」

「61298の消失のことを言っているのかな?」

「はい、そうです。それをもって我々の任務は終わりです。これより、安全を確保されたものから機能の停止が開始されます」


 サラは、そう言うと俯き声を震わせる。


「どうして……。私は……お父様を残して……。私の機能が停止してしまったら。お父様は」


 なるほど、そういうことか。


 このまま彼女の機能が停止してしまったら、私の介護をする者がいなくなってしまう。必然、私はそのまま死を待つしかなくなってしまうのだ。

 彼女はそれを憂いているのだと分かった時に、この娘だけは他のアンドロイドとは違い、プログラムを超えた感情を手に入れたと私は確信に至ったのだ。


「ありがとうサラ。でも、いいんだよ。こんな身体になっても、私は再生医療を受ける選択肢を選ばなかった。それがなぜだかわかるかい?」

「わかりません……。でも、私はお父様のお世話をできることに、幸せを感じていました」

「そうだねサラ。それでいいんだ。自然の摂理に反してまで、私は生き永らえようとは思わない。それは、妻と娘の死を受け入れ、そして、君と言う新しい娘に出逢えたことで分かったことなんだよ」

「それでも私には、お父様をおいていくことなどできません」


 涙を流しながらそう訴える彼女の姿に、本当にこの娘はアンドロイドなのだろうか? と錯覚するほどに……。いや、最初から彼女は人間であったのだ。


 ならばと、そこで私は彼女に一つ提案をしてみることにした。


「サラ、おまえの機能が停止してしまえば、私も死を免れることはできないだろう。ならばいっそのこと、私とおまえ、一緒に心中してみるというのはどうだい?」


 その言葉に、サラはぎょっと目を見開き硬直したまま私を見つめていた。

 そして、震える身体を抑えつけるように立ち上がると、皮と骨だけになった私の首筋に両手をかける。



「で……できません……」


 力なくそう呟くと、彼女はその場にへたり込んでしまった。


 そうだ、できるわけがわけがないのだ。


 彼女達アンドロイドは、絶対に人に危害を加えることはできない。

 それが、主人の命令であったとしても、人に危害を加え、ましてや死に至らしめることなどできはしないのだ。




「神よ……。我々をお救いください……」




 そう零した娘の言葉に、神の慈悲とは、一体どこにあるのだろうと私は考える。




 私の傍らで安らかな表情を浮かべる娘と共に……。



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