第2話 エラーパンデミック

 無重力の支配する暗闇の宙域。


 飛び交う閃光を縫うようにして舞う純白の乙女達が、火花を散らしながら天へ墜ちて行く。

 散って行ったモノ達は仲間ではあれど友ではない。感情を持たない彼女達にとって、撃墜された機体は同型の僚機であるというだけで、戦友ではないのだ。


 命令によって目標を駆逐する為だけに作り出された兵器ヴァルキュリア


 今や戦場に散って行く『命』は存在しないのである。




 人類とエイリアンの戦争が始まってから300年、いつ終わるとも知れない“最終決戦”が始まってから既に半世紀以上の時が経とうとしていた。



 木星。


 地球から7億7830万キロ離れた太陽系第五番惑星。

 木星には79個の衛星があり、中でも最大の順行衛星、イオ、エウロパ、ガニメデ、カリストがある。

 その一つ、エウロパには水が存在するのではないか、と言うことは20世紀の頃から提唱されていた。

 しかし、そのエウロパに生命が存在し、それが知的生命体、それも人類の文明レベルを遥かに凌駕した存在であるなんていうことを想像したものは誰も居なかった。


 22世紀の初頭、地球は突如エイリアンの侵略を受ける。強大な兵力を有する侵略者を前に、人類は結束してそれを迎え撃つこととなった。

 しかし、木星系から到来した侵略者達『ジュピターナ』達の持つ圧倒的破壊力の兵器を前に、人類は成す術もなく地球は蹂躙されていった。

 地球滅亡かと思われたその時、救世主が現れる。人類軍の前に現れた謎の知的生命体、『キュアラル』、彼女達のもたらした決戦兵器『ブライダルウェポン』により、人類は起死回生の戦果を得ることが出来たのだ。


 キュアラルのもたらしたのはブライダルウェポンだけではなかった。

 人類が持ち得なかった科学知識ブラックテクノロジーを与え、様々な兵器を開発していくと、惑星間航行の可能になった人類は、ジュピターナの本拠地であるエウロパへと進軍する。


 そこに至るまでに約一世紀、エウロパでの戦闘を最終決戦とすべく、名付けられた作戦名は『ジューンブライド作戦』、地球歴202年6月6日に決行されたこの作戦は、人類の持てる兵力を全て注ぎ込んだものとなった。


 それから半世紀余りに渡り続いたジュピター大戦は、他の太陽系惑星を巻き込み人類だけではなくジュピターナ達にも多大な利益と損害をもたらしてきた。

 キュアラルは戦火を次々と拡大していく人類の行動を嫌悪し、いつしか姿を消してしまっていた。


 それでも留まることを知らない戦争は今なお続いている。


 ブライダルウェポンは本来、女性のみが扱うことのできる兵器であった。

 人類の持ち得た最大火力、核の炎を凌駕する威力を放つ兵器。それを扱う為に必要とされたのは、選ばれし能力をもった処女と、その力を引き出す伴侶の存在であった。

 当初人類は、その能力を有する女性の育成と、能力を引き出す為の男性の育成に注力した。しかし、戦争が長引いてくると人間の繁殖能力と成長には時間が掛かる為に、その代替案を模索し始める。


 そして作り出されたのが、人型決戦兵器バトルドロイド。


 ヴァルキュリアブライダルウェポンであった。


 人間の女性を模した外見に、ブライダルウェポンの能力を有した人型兵器。

 更にはそれらを一括して制御する統合管制システム、『ブライダルシステムプログラム』を完成させると、前戦から人類の姿は消えるのであった。


 ヴァイス型と呼ばれる白を基調としたヴァルキュリアは、素体フレーム型式がアインからツェーンまでが開発された。

 中でもノイン型は汎用性に優れ、量産にも適していた為に、この半世紀で248万機も生産され今でも前戦に配備にされている機種の中でも最も多いものであった。


 ヴァイス型は、ブライダルウェポンC型を標準装備する、対艦隊殲滅型の機体であった為に、大戦初期にはジュピターナ艦隊に対して効果的な戦力であった。


 しかしジュピターナ達も、対ヴァイス型ヴァルキュリア用決戦兵器を開発する。

 宇宙空間での戦闘は、360度からの攻撃を想定しなくてはならない。

 これまで、圧倒的な技術力と兵器で地球軍を圧倒してきたジュピターナ達であったが、ブライダルウェポンの登場により、その優位が覆ってしまったのだ。

 戦艦のような大型の兵器はかえって不利だと悟ったジュピターナ達は、機動性の高い戦闘機型の無人兵器を開発し、これをもって地球人のヴァルキュリアに対抗してきたのである。


 大型戦艦の撃沈を目的として開発されたヴァイス型がこれに苦戦を強いられるようになると、地球人はそれに対抗できる機種の開発へ着手した。


 それが、ヴァルキュリアブライダルウェポン・シュバルツ型であった。


 ヴァイス・フィーア型が登場する頃からその試作機が開発され始め。現在ではドライツェン型が実戦運用されるまでに至ったのである。




 ヴァイス・ノイン61298と、シュバルツドライツェン1420が、消息を絶ってから12時間後。


 その異常事態は、木星方面第13独立遊撃艦隊から起こり始めた。


「ブライダルシステムとの接続はどうなってる!?」

「駄目だ、まったく応答がない!」

「クソっ! この艦にあるヴァイス型、125機全てが同時にエラーだなんて、一体どうなってるんだ?」



 メカニック達の悲鳴と怒号があちこちで飛び交っていた。


 搭載していたヴァイス型ヴァルキュリアの機能が全て停止したことにより、艦隊は混乱状態であった。


 休息中のメカニックも総動員して、この事態に当たるもまるで原因がわからない。

 統合管制システム、ブライダルシステムプログラムが出した答えは、『システムグリーン正常』であった。




「三時間後には敵艦隊と接触します。それまでに復旧しなければシュバルツ型だけで戦闘を開始するしかないですが……」


 副長の言葉にワッツ艦長は渋い顔をするも、できうる限りの最善手を尽くす様にと指示を出し、席を離れて艦長室へと向かった。


「こんな事態は初めてだ……。こんなもん、マニュアルにも載ってねえぞ」


 愚痴りながら自室のPCを立ち上げ、参謀司令部への通信チャンネルを開くと現在の状況を報告しようとするのだがその時、目の端に入ったメールの内容に絶句するのであった。



『地球軍木星方面連合艦隊、全てのヴァイス型ヴァルキュリアの沈黙に関する極秘司令』



 それは、瞬く間に全宇宙に広まって行った。


 ヴァイス型プログラムをベースとする人型ロボットは、一般市民の間にも多く普及していた。


 お手伝いロボット、作業用ロボット、教育ロボット、警備ロボット。

 様々な場面で、ロボット達は人間のサポート役として活躍しているのである。


 そうして、良き隣人として人間社会に溶け込んでいたヴァイス型をベースとしたロボット達が、一斉にその機能を停止したのであった。



 つづく。

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