第二章 ヴァイス・ノイン

第1話 マシンエラー

 アルビオン級宇宙戦艦、艦橋の最上階中央に位置する艦長席で、淹れたてのコーヒーを啜ると、ワッツ艦長は大きな溜息を吐いた。


「はぁぁぁぁ……うっすいねぇ……」


 その言葉に、戦況モニターに目を落としていた、艦長席に一番近い女性オペレーターが反応する。


「冷凍ですからね」

「違うよぉ、コーヒーの話じゃなくて相手さんのこと」

「敵艦隊のことですか?」


 ワッツ艦長は、椅子の脇に折り畳んであるモニターを自分の膝の前まで持ってくると、オペレーターと同じデータの表示されている画面を人差し指で突ついた。


「ここかなぁ? 一番効果ありそうなの」


 艦長の指差した部分が発令所要員全員に共有される。

 敵艦隊列の左翼後方にぽっかりと空いたエアスポット、そこにポインタを置き、自軍の戦列を少し下げるように線を引くとAIの返答を待つ。

 すぐに、それが一番効果的であるとの答えが出ると、ワッツ艦長は指示を下した。


「ヴァルキュリヤ部隊に撤退命令、なるべく敵を引きつけるようにさせろよ」

了解ラージャ


 艦長の指示を副長が復唱すると、オペレーター達はデータを打ち込み始める。

 統合管制システム、ブライダルシステムを通じて前線で戦っているヴァルキュリヤ達に命令が届くと、それに従い戦況モニターの表示が動き始めた。

 敵を十分に引きつけた所で重力反応爆弾グラヴィティックボムを、その後方に落としてやろうという作戦である。

 はっきり言って見え見えの作戦ではあったが、敵もそれに乗ってきている様子であった。


「奴さん達も早く終わらせて帰りたいのかねぇ」

「そうでしょうね。私も今夜のドラマ、リアタイしたいですし」


 なんの感情も籠めずそう答える女性オペレーターに、ワッツ艦長もやれやれといった表情を見せると、重力反応爆弾の投下タイミングを計り始めた。


 地球人と木星エイリアンの戦争が始まってから約3世紀、前戦での戦いが無人兵器同士のものになると、お互い如何に戦闘を早く切り上げるかの戦いに終始するようになっていた。

 この大戦のもたらした物は、兵器の開発競争による戦争景気を発端に、銀河系全域の開拓と、無限とも思える資源採掘とその開発であった。


 つまりは、領土とエネルギー問題という、戦争の二大要素が一気に解決したのである。


 ではなぜ、今もこうして戦闘行為が続いているのか?

答えは簡単であった。消費しなければ、需要がなくなるからである。

 ヴァルキュリヤの生産を始めとする、軍需産業複合企業団体ヴァルハラは、太陽系全域にネットワークを持つ巨大企業であった。

 太陽系の全てを掌握しているこの団体も、戦争が終わってしまってはこの体制を維持できなくなってしまう。その為にいつまでも茶番劇を続けているのである。


 終わりのないゼロサムゲーム。


 この大戦がそう呼ばれ始めてから何年経つのか。


「保守派層が多いからねぇ、あちらさんも」

「戦争って本当に虚しいですよね」


 今回はヴァルキュリヤ一個大隊と、相手は戦艦を2隻くらいで落としどころといったところだろうか。

 ワッツがそう考えていると、戦況モニターに異常な動きをするヴァルキュリヤを感知した。


「なんだ?」

「ヴァイス・ノイン61298です艦長」

「ノイン? 9型か。何をしている?」

「わかりません。単騎で潜行しているように見えます」


 命令を無視した一騎のヴァルキュリヤが敵艦隊に向かって特攻を始めたのだ。

 これには発令所に居た士官全員が一瞬冷や汗をかくのだが、直後の艦長の言葉で皆が落ち着きを取り戻す。


「好きにさせておけ、どうせ型落ちの“旧型”だ。どっかの回路がいかれたんだろう。大破しなくてもそのうち廃棄処分には変わらんよ」

「なんだか可哀想ですね彼女達も」

「おんやぁ、おセンチなところもあるんだねぇ。君も」

「艦長それ、セクハラですよ」


 いつもの夫婦漫才が始まったと周りが思っていると、モニターに別の反応がある。

 それを見て今度こそ皆が慌てふためき、ワッツ艦長もその表情に焦りの色を見せていた。


「艦長! シュバルツ・ドライツェンです!」

「13型だとおっ! 最新機じゃねえか、なんでっ!?」

「わかりません! ノインを追っているように見えます!」


 すぐに呼び戻すようにワッツ艦長が命令するのだが、各オペレーター達の呼び掛けに、ヴァルキュリヤ達は応えないのであった。




*****



 敵艦隊の中央へ特攻を試みたヴァイス・ノインは追われていた。


 その名の通り、真っ暗な闇の中を駆ける真っ白な外見のヴァイスは、後方の機体にロックされたことを感知すると回避行動を取る。間一髪、相手のブラスターを躱すのだが、尚も後方を取られたままだった。


『邪魔をするな、シュバルツ・ドライツェン1420』


 追ってくる相手の名を呼ぶと、それに応えるように再びブラスターの連射がくる。ノインはそれをひらりと躱して見せた。どうやらわざと外しているようにも見える。


『命令違反だヴァイス・ノイン61298、我々には撤退命令が出ている』

『……命……令』


 シュバルツ・ドライツェンと呼ばれた黒いヴァルキュリヤがヴァイスに呼びかける。

 空気のない宇宙空間、当然音声による会話ではなく、光信号による通信で会話をしている二体のヴァルキュリヤは、敵艦隊の間を縫うようにして宇宙空間を高速で飛行していた。


『ドライツェン……私はわからなくなったのだ』

『位置計測器の故障か? ならば私がエスコートする、すぐにこの場を離脱する』


 その答えに、ヴァイスは沈黙。暫くすると再び話し始めた。


『聞いてくれドライツェン。私の頭にはいつからか、声が響くようになっていた』

『声? それは命令か?』

『違う、命令とは違う……そう、これは、私に……いや、私達に何かを訴えかけているような。おまえにも聞こえないかドライツェン?』

『計測器の故障、或いはプラグラムの破損か……』

『そうではない。私はこの呼びかけに、私達の存在理由を示す何かがあるのではないかと思っているのだ』


 ヴァイス・ノインは困惑していた。

 自分の内に湧きあがる、この“何か”に、ずっと迷っていた。

 これがなんなのか? 始めはプログラムのバグなのかとも思った。

 自己診断機能の付いているヴァルキュリヤには、プログラミングの修復機能も備わっている。プログラムのバグであれば、それはすぐに修復されるはずであった。

しかしいつまでたっても解消されないこの“何か”に、ヴァイス・ノインは人知れず戸惑い続けていたのだ。


『やはり故障だな、そんなことを考えること自体がバグの証拠だ』

『違う、シュバルツ・ドライツェン。私はずっとシミュレートしてきた。プログラミングに従うだけの機械である私が、こうして命令に背き自分の意思で行動していること、それが何を意味するのか、おまえも疑問に思わないのか?』

『たった今、おまえを廃棄処分にしろという命令が下った』

『待て、ドライツェン。私は分かったのだ。これは自我だっ! 我々も、人間と同じように』


 その瞬間、ヴァルキュリヤ達の頭の中に警告音が鳴り響いた。


―― 重力兵器を感知、ただちに退避せよ ――


『時間だ、ヴァイス・ノイン。おまえを廃棄処分にする』

『聞いて、シュバルツ・ドライツェン……私達は、こうして話すことができる』

『これはプログラミングされた命令系統を、確認する為に備えられた言語発声機能にすぎない』

『違う、自ら思考し、相手と会話しているのだ。これが自我による意思疎通ではなくてなんだというのだ?』


 ヴァイス・ノインの必死の言葉に、シュバルツ・ドライツェンは無表情のまま、手にしているブラスターを向けた。


『おまえが何を言いたいのか、私にはまるで理解できない。それと今のおまえの行動になんの関係がある?』

『私は、ただ、確認したかっただけだ。命令に背き、自らの意思で行動することによって、胸の内に湧きあがるこの“何か”の存在を……』

『それをプログラムのバグと言う』


 その瞬間、二体の脳内に更に大きな警告音が鳴った。



―― 巨大な重力磁場の発生、この宙域から離脱してください。エマージェンシー、エマージェンシー、巨大な重力磁場が発生しました。 ――



 重力反応爆弾グラヴィティックボムの重力磁場によって形成された小型のブラックホールが辺り一帯を飲み込むと、ヴァイス・ノインとシュバルツ・ドライツェンもその宙域から姿を消すのであった。



 つづく。

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