第7話 白鷺乃音の秘密①

 時刻は午前4時を廻ろうとしていた。


 やばい、眠い。

 明け方に近い時間に加えて、同じ映画も三周目ともなるとはっきり言って拷問である。

 しかし、ここで寝てしまうのはなんだか白鷺さんに申し訳ないような気がして、俺はなんとか重い瞼を必死で開けて睡魔と闘った。


 二周目の『未知との遭遇』を見終えると、一周目とは打って変わって白鷺さんは饒舌になり色々と語り始めた。

 1時間程ノンストップで話し続けると、ようやく息を吐くのだが、さすがにもう夜中だ。

 こんな時間に出歩くわけにはいかないので、今夜はうちに泊まってもらうしかないかと思っていると。白鷺さんはビデオを再び巻き戻し始めたのだ。

 まさかと思って念のために聞いてみると、そのまさか。当たり前のような顔で白鷺さんは『未知との遭遇三周目』を再生し始めたのだ。


 三周目なのに白鷺さんは真剣な眼差しで画面に食い入るように映画を見ている。いや、三周目どころかきっと、もう何周も何周もこの映画を見ているのだろう。


 いつだってそうだった。


 白鷺乃音はいつだって真剣なのである。

 自己紹介の時も、文化祭の時も、クリスマスの時も、佐藤君と議論している時も、いつだって彼女は真剣そのもの。決してふざけているわけでも相手を馬鹿にしているわけでもない。

 どうしてそこまで夢中になれるのか、俺はいつしか彼女のことがとても気になって、もっと白鷺乃音のことを知りたいと思うようになった。


 そうして、三周目の映画が終わりを迎える。


 エンドロールが終わると白鷺乃音は、ひとつ小さな息を吐き。テーブルの上にあったウーロン茶の残りを飲み干して俺の方へ向き直った。


「おつかれさま。どうだった?」

「ど、どうも。流石に三回も立て続けに見ると、台詞まで言えるようになりました」

「ふふふ、流石に飽きちゃったかしらね。しょうがないから4周目は勘弁してあげるわ」

「そうして貰えると助かります」


 苦笑しながら言うと、白鷺乃音も口元に微笑を浮かべた。


 可愛いなと思った。

 いつもは無表情で冷たい感じのする彼女。綺麗だなと思うことはあっても、可愛いと思ったことはなかった。それが、こんな表情もできるのかと思うと、俺はなんだかすごくドキドキしてしまって、血の巡りがよくなって興奮してきたせいか眠気も一気に吹き飛んでしまう。


「どうしたの? 急に真っ赤になって」

「べ、べつに、なんでもありません! そ、それよりも、もう5時前ですよ。今から寝てたら確実に遅刻しますね」

「そうね、今日はこのまま徹夜で授業を受けるか、それともさぼっちゃいましょうか?」

「ははは、それもいいですね。どっちみちこのまま学校に行っても授業中に寝ちゃいそうですし」


 そんな冗談を言い合っていると、白鷺乃音は急に真剣な表情になり俺のことをじっと見つめてくる。


「ねえ……あなた」

「な、なんですか?」

「あなた、なんて言う名前だっけ?」


 え?


「ええええっ!? いやいや、同じクラスですよね? 自己紹介しましたよね? え? て言うか、今までずっと『あなた』って呼び続けていたのは、名前を知らなかったからなんですか?」


 俺の突っ込みに白鷺乃音は悪びれもせず、「そうよ」とだけ答える。

 よくよく話を聞いてみると、9割方のクラスメイトの名前を彼女は覚えていなかった。

 信じられない。三年生からの奴らならまだしも、1年、2年と一緒だったクラスメイトの名前をまるで憶えていないだなんて。


「一ノ瀬です。俺の名前は一ノ瀬チヒロです」

「いち……のせ……。一ノ瀬くんね。もう覚えたわ。よろしくね、一ノ瀬チヒロくん」


 そう言いながら、右手を差し出してくる白鷺乃音。

 俺はなんだか釈然としないまま、彼女の手を取ると握手を交わすのであった。



「さてと。それじゃあ行こうかしら」

「あ、帰るんですか。だいぶ空も白んできましたけど、一応送りましょうか?」


 どうせ今からじゃあ仮眠もとれないし、目覚ましがてら早朝の空気でも吸おうかと思ったのだが、彼女は立ち上がるとゆっくり首を横に振った。


「いいえ。あなたに見せたいモノがあるの。一緒に来てもらえるかしら?」


 今度はなんだと言うのか。もうこうなったら乗りかかった船だ。とことん彼女に付き合おうと思い俺は首を縦に振った。



 自転車のサドルを濡らす朝露を手で振り落とすとそこに跨る。その後ろに白鷺乃音を乗せると、俺はゆっくりとペダルを漕ぎだした。

 行く先は、昨日、白鷺乃音と出会ったあの廃墟ビル。そんな所に何の用事があるのかと尋ねると、そこでなにをしていたのか教えてあげるとだけ彼女は言って、そのまま押し黙ってしまった。


 15分程して廃墟ビルの前に着くと、駐輪場であったであろう場所に自転車を止める。

 白鷺乃音の後についてビルの中に入って行くと、なんだかヒンヤリとした冷たい空気が奥から流れてきたような気がして、俺は少し身体を震わせた。


 それにしても、どうして彼女がここの鍵を持っているのだろうか?


 なにも考えずについてきたが大丈夫なんだろうかと、今更になって俺は少し怖くなってきたのだが、白鷺乃音は立ち止まると振り返り尋ねてきた。


「一ノ瀬くん、これからあなたに見せるモノのことは、決して口外しないと約束して」

「え? どういうことですか? なんか、やばいものなんですか?」

「そうね……。ある意味ではそう言えるモノだと思うわ。まあ、口外した所で誰も信じてはくれないでしょうけれど。でも、約束して頂戴。絶対に誰にも言わないと、これは私とあなただけ、二人だけの秘密であると」


 二人だけの秘密。


 その言葉を俺はなんだか甘い響きに感じてしまい、頷いてしまった。


 地下室に降りると一枚の鉄扉があった。


 その思い扉を開くと中には、眩いほどの白い光が溢れていた。

 俺は眩しくて一瞬目を瞑ってしまうのだが、ゆっくりと瞼を開け見えた光景に言葉を失ってしまった。


 部屋の中央には手術台のようなベッドがあり、その上には誰かが横たわっていた。


 その人は全身が真っ白で、まるで彼女のよう……。いや、あれは。


 ベッドに近づいて、その人物を見下ろすと俺はもうわけが分からなくなってしまった。


 これは、悪い夢でも見ているのだろうか? 


 『未知との遭遇』というタイトルが俺の頭の中を駆け廻る。



 ベッドの上に横たわっていたのは、白鷺乃音であった。



 つづく。

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