第6話 十三番目黒子は言いくるめられる

「なあ黒子、お見舞いくらい行ってもいいんじゃないか?」

「なぜだ?」

「なぜって……」


 とりあえず、今からじゃあもう病院の受付時間も終わっているだろうからまた後日と言って、ヤンキー達と別れる帰りの道すがら。俺はそう諭すのだが、黒子はなにひとつ興味ないという感じで答えてきた。


「ちょっとくらいは後ろめたい気持ちとかないのかよ」

「あるわけないだろう」

「そりゃあ、事故とおまえが約束すっぽかしたことには、なんの関係もないかもしれないけどさ」

「ならいいだろう、放っておけ。私達がこの時代の人間と深く関わっても碌なことにはならない」


 じゃあなんで学校に通ってんだよ。


 結局、黒子は俺の説得にも応じずに帰ってしまった。て言うか、あいつどこに住んでんだろ?




 次の日。


「ふーん。そんなことがあったの。いいんじゃない、黒子の好きなようにさせとけば」

「まあ、そう言うだろうなとは思ってましたけど」


 昨日あったことを白鷺さんに相談したのだが、まあ予想通りの答えが返ってきた。

 この人、他人のことにはからっきし興味がないと言うか。宇宙人以外の事にはほぼ興味がない人なので、こんなことで協力をしてくれるわけがないとはわかっていた。

 白鷺さんは読んでいた雑誌のページを捲る手を止めるとつまらなそうに俺の方へ振り返る。


「どうせ、実らぬ恋なんだから放っておきなさいよ」

「でも、可哀相だと思いませんか?」

「誰が? 今の話の登場人物の中で、可哀想なのは拉致された一般生徒だけだと思うけど。て言うか、その子がちゃんと無事に解放されたのかの方が気になるわ」

「なんかエライことになったって、一応なにもされずに解放されたらしいですよ」

「あら、それはよかったわね」


 なんだか不満気な様子でそう答えると、白鷺さんは読みかけの雑誌に再び目を通し始める。


「さっきからなに読んでるんですか?」

「ん? これ? 月刊ムーよ」


 女子高生が教室で、ファッション雑誌感覚で月刊ムーを読むって……。


 そこで俺はあることを閃いた。


 今回の一件。まあ放っておけばいいと言われればそうなのだが、なんというか入院している智君のことを他人事には思えなくて。彼の恋路が成就することはないということはわかってはいるのだが、せめて思いを告白させてあげることだけでもできないかと俺は思ったのだ。

 その為にはどうしても白鷺さんの協力は不可欠だ。

 俺が言ったところで黒子が聞いてくれるわけもないので、ここは一つ白鷺さんに黒子のことを説得して貰うしかない。


「じ、実はこの話には続きがありまして」

「ふーん。別に興味ないからもういいわよ」


 くっ、本当に興味なさそうにしている。男子の純情なんてやっぱり女子にはわからないのか。いや、挫けるな俺、なんとしても白鷺さんに興味を持たせるんだ。


「じ、実は、その智君が……。手術の後遺症で宇宙人と交信できるようになったとか……なんとか」


 白鷺さんは相変わらず雑誌に目を落とし、俺の話には興味のない様子。

 こんなバレバレの嘘、流石の宇宙人マニアの白鷺さんでも騙されたりしないか。


 そう思うのだが、ムーのUFO特集記事の部分を読み終えると、白鷺さんはゆっくりと雑誌を閉じて俺の方へ振り返った。



「まじでっ!?」



 あ、釣れた。


 その日の放課後、俺と白鷺さんは黒子のことを近所のファミレスに呼び出した。



「まだそんなことを言っているのかおまえは」


 椅子に片膝立てながら座る黒子は仏頂面でそう言うと、メロンソーダを一気に飲み干して氷をバリバリと噛み砕く。

 なんかこいつも、ヤンキーみたいだな。


「なんでそんな頑なに嫌がるんだよ?」

「意味がないからだ、私が見舞いに行ったところで奴が治るということもないだろう」

「そりゃそうだけど……」


 俺が口籠ると黙って聞いていた白鷺さんが割って入ってきた。


「一ノ瀬くんは、パッチアダムスって知っているかしら?」

「え? えーと確か映画にもなっている医者でしたっけ?」

「そうよ。彼はクリニクラウンという遊びやコミュニケーションを用いて小児患者の心のケアを行うクラウンドクター」

「は、はあ。クリニなんですか?」


 運ばれてきたパスタに粉チーズを振りながら白鷺さんは話を続ける。


「クリニクラウン。日本では臨床道化師って言うんだけど。簡単に言うと病の不安や不自由な生活への不満を抱えた患者達のストレスを発散させてあげることによって、医師と患者、それを取り巻く医療環境をよくしようとする治療法のことよ」


 白鷺さんがなにを言いたいのかよくわからず、俺と黒子は呆けながら返事をするのだが、白鷺さんは大真面目な顔でパスタを一口食べると更に話を続けた。


「つまり、病は気からって言う事よ。いい? 黒子。その、智とか言う男は、あんたにぞっこんラブなんだから。あんたが病室に赴いてちょちょいと、ジャイアン死んじゃいや~ん、とか適当なダジャレでも言ってやれば、たちまち回復するわよって言っているの」


 少し照れながらそういう白鷺さん。

 恥ずかしいならそんなつまらないネタ言わなきゃいいのに。


「だから、なんで私がそんなことをしなくてはいけないんだ。この時代の医療技術であれば、適切な治療と時間を掛ければ身体の怪我なんて完治するだろう」


 その言葉に俺は、やはりこの人達はアンドロイドなのかと、少し寂しい気持ちになってしまった。


「黒子、それじゃあ身体の傷が癒えたとしても、心の傷は治らないかもしれないんだ」



 つづく。

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