第四章 一ノ瀬チヒロ
第1話 一ノ瀬チヒロは誘われる
夏休みも終わり一ヶ月が過ぎる頃。
日中はまだ夏の悪あがきのような暑さが残るのだが、夕方になると秋の気配を感じ始める、そんな季節になっていた。
あの夏休みの最初の出来事があってから、冷たいようだけど3日もしない内に皆普通の日常に戻り1ヶ月間の長期休みを楽しんだ。
黒子は相変わらず口も態度も悪いのだが、偶にヨシキ君やトシ君らと一緒に遊んでいるらしい。
そして白鷺さんはと言うと。
「ねえ一ノ瀬くん? UFO観測をするなら一番いい時期って何時だと思う?」
昼休みの教室で昼食をとりながらそう聞いてくる白鷺さん。
夏休み中、散々夜の天体観測という名目のUFO観測に連れ回しておいて急になんだと思うのだが、とりあえず真面目に答えてみる。
「夏じゃないんですか?」
「そうね。夏休みのような長期休暇の間には、夜間の観測がしやすいから一番適していると言えるわね」
「まあ、そう言って散々連れ回されましたからね。おかげで昼夜逆転して、元に戻すのが大変でしたよ」
「駄目ね、一ノ瀬くんは。夏休みだからってだらけて、規則正しい生活をしないからそういう風になるのよ」
いやだからそれはあんたの所為でしょうが。
という風に突っ込んでも、白鷺さんは意にも介さないだろうから俺はそのままスルーする。
「話を戻すけど。私はUFO観測に最も適した時期って、冬だと思っているわ」
「へー、なんでですか?」
「星空が綺麗だからよ」
思いもよらない返答に俺はギョっとする。
白鷺さんが、星空が綺麗だから、なんて理由を口にするとは到底思えないので俺は訝しげな表情で答えると。
「なんだか納得いかない御様子ね? これでも、私は天体には詳しい方なのよ」
「はぁ、まあ天文部の佐藤君と、よく議論しているのを聞いていればわかりますけど」
「ずばりっ! 僕のことを呼んだかねっ!?」
突然俺の背後から現れた佐藤君に、俺が驚いて椅子から転げ落ちると、なにをやっているのだと白鷺さんは呆れ顔で手を貸して起こしてくれた。
「いやはや。まさか君達が天体観測に興味があったなんて驚いたね」
「俺の方が驚いたんだけど……」
「白鷺君、それに一ノ瀬君。よかったら今度、天文部員達と一緒に天体観測に参加してみないかい?」
「いいえ、けっこうよ」
「うんうん、それは結構結構……って!」
にべもなく断る白鷺さんに、佐藤君はぷるぷると震える手で眼鏡を上げると深呼吸をして平静を装う。
「ま、まあそう言わずに聞きたまえ白鷺君。その天体観測は、引退を控えている我々3年生に、後輩達から送られる毎年恒例の壮行会のようなものでね」
「そんなものに、部外者の私達が参加する意味がわからないわ。だからけっこうよ」
「最後まで聞きたまえ白鷺君。普段は天体観測をメインに行われる部の活動も、この日は無礼講。パーティーのようなものでね。UFOと交信して呼び出してみようなんていう催しもあるのだよ」
その言葉に、今までまるで興味なさげにスマホを弄っていた白鷺さんの手が止まる。
「へ、へぇ? でも、どうせお遊びのUFOコンタクトなんでしょう? 私はね、真剣に宇宙人の存在を信じているのよ。あなた方のように、馬鹿にして遊ぶような……」
「なにを言うのかね白鷺君っ! いつ、どこで、誰がっ! 我々天文部員が宇宙人の存在を馬鹿にし、否定したと言うのかね?」
白鷺さんの言葉に突如ヒートアップし始める佐藤君。
「我々が否定しているのは、根拠のないゴシップ記事的なくだらない話なのだよ。我々は星が好きだ、天体が好きだ。広大に広がる宇宙と言う名の大海原に、浪漫を求めるのは必然だろうっ!」
白鷺さんは珍しく反論せずに佐藤君の話に耳を傾けている。
佐藤君はしめしめといった様子で、再び白鷺さんに誘いをかけた。
「今回は是非、君のその知識と、そして宇宙に向ける情熱を、後輩達にご教授願いたいのだっ!」
「いやよ。別に私は宇宙が好きなんじゃなくて、宇宙人が好きなの」
「はあうっ! ややこしい人だね君は」
がんばれ佐藤君。そうだよ、白鷺さんはそういう人だからね。負けるな佐藤君っ!
「まあなんでも構わない。もし、興味を持ってくれたのなら。今週の土曜日の夕方、17時半に校庭に来てくれたまえ」
「あ、あの佐藤君? それって、俺も行く意味ある?」
今の感じだと、なんだか俺は蚊帳の外と言うか、行ってもついて行けないような気がして恐る恐る聞くと、佐藤君は俺の肩に腕を回して耳打ちをしてきた。。
「君は彼女のお目付け役だ。正直、僕一人では彼女は手に余る。後輩達、特に1年生には彼女のキャラは刺激が強すぎるからね。彼女が暴走しないように手綱をしっかりと握っていて欲しいのだよ」
なるほどね。それだけ言うと佐藤君は自分の席へと戻って行くのであった。
そんな俺達のやりとりを黙って見ていた白鷺さんは、なんだか少し不貞腐れた様子で俺に聞いてきた。
「なにを話していたの?」
「え、いや。まあその、楽しみにしてるよって」
「ふーん」
なんだか訝し気な顔で俺のことを見てくる白鷺さんであった。
つづく。
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