第9話 十三番目黒子は叫ぶ

 蝉しぐれの降り注ぐ中、その鳴き声に参列者達のすすり泣く声も掻き消されてしまう。

 夏休みが始まってすぐのクラスメイトの訃報に、浮き足立っていた級友達も皆一様に暗い表情で、粛々とお焼香をあげていた。


「どうしてっすっかああああああああ! 智さあああああん! どうして死んじゃったんすかあああ! うあああああああ!」

「やめろトシ、周りの人達に迷惑だろう」

「ヨシキさん、俺、信じられねえっすよ! 智さんは、不死身の智さんがこんな簡単に」


 号泣するトシ君のことを宥めるヨシキさんも沈痛な面持ちで、他の仲間達も涙を流していた。


 訃報の翌々日、智君の通夜は実家で執り行われた。


 智君と直接面識があるわけではないが、無関係とは言えない俺と白鷺さんもお焼香だけでもと参列した。

 黒子が来ると、学校の生徒達はヒソヒソと小さな声でなにかを話していて、誰も黒子には声を掛けてこない。

 一通りの礼儀作法はインプットしてきたと言うだけあって、今回ばかりは黒子も無礼な振る舞いをすることもなく、神妙な面持ちのまま焼香を終えていた。


 ご親族に頭を下げて帰ろうとした時、声を掛けられる。智君のお姉さんだった。


「黒子さん、少しだけお時間よろしいですか?」


 そう言われると黒子は俺と白鷺さんの方を見てくる。俺が頷くと、黒子は黙ったままお姉さんの後をついて二階へと上がって行った。

 五分程すると黒子一人だけが降りてきた。


「もういいのか?」

「ああ、帰ろう」



 智君ちを後にしてしばらくして、俺は黒子に話しかける。


「お姉さんと、何を話したんだ?」


 黒子は沈黙するのだが、しばらくするとぽつりぽつりと話始めた。


「……ぶん殴られた」

「え? マジで?」

「嘘だ」

「なんだよ、こんな時につまんねえ嘘吐くなよ」


 俺が憤慨すると、黒子は少しだけ申し訳なさそうな顔をして、「すまん」と小さな声で言った。


 しばらく歩くと赤い大きな鳥居が見えてくる。

 この神社は長い階段を上がった小高い丘の上にあって、よく運動部の人達が足腰を鍛える為に駆け上がっていた。


 黒子は立ち止まると階段を見上げている。

 俺と白鷺さんは顔を見合わせると、上がってみるかと黒子を連れて行った。


 境内の中には展望台のような所もあり、街を見下ろすことができる。

 民家が多いため、それほど夜景は綺麗ではないのでデートスポットではないのだが、昼間の天気がいい日には、それなりに眺めも良かったりした。


 眺望のきくその場所まで行くと、黒子は柵の前でじっと遠くを眺めていた。

 少し離れた所でそんな姿を眺めていたのだが、白鷺さんが俺に黒子を慰めるように促してくる。


「あの子に近い私ではできないことだもの。人間の気持ちがわかる一ノ瀬くん、あなたが人類を代表してあの子の話を聞いてあげなさい」


 人類を代表してって……。そう言われても、どう声を掛けていいのかわからなかった。

 戸惑う俺の背中を押すと、白鷺さんは近くの木陰にあるベンチの所へ行ってしまった。


 とりあえず話を聞こうと俺は黒子の隣に行く。

 しばらく黙ったまま景色を眺めていたのだが、燦々と照り付ける陽射しがとても暑かった。


「あっちぃなぁ。もうすっかり夏だな」

「……。一ノ瀬チヒロ」

「ん?」

「さっき、鈴木智の姉と話した」

「ああ……」

「礼を言われた」

「そっか……」


 俺も黒子も、遠くを見つめたまま。お互いの顔は見ずに話し続ける。


「鈴木智は、私が来るのを待っていたのだろうと言っていた。最期に、私が来るまで頑張り続けて、ようやく眠りにつくことができたんだと、そう言っていた」


 話しながら黒子は自嘲気味に笑う。


「そんな馬鹿なことがあると思うか? 私が行った日に心肺機能が停止したのはまったくの偶然にすぎない。そんな意識もないのに、そんなことの為に生き続けたなど、あるわけがないだろう」

「そうかな? 俺は、お姉さんの言っていることもあながち間違っていないんじゃないかと思う」

「……」

「黒子、人間ってのは、そうやって時に人智の及ばない奇跡のような力を発揮することが実際にあるんだ」


 黒子はなにも答えない。

 しばらくすると、スカートのポケットの中から、赤い血が付いて汚れている便箋を取り出した。

 智君が事故に遭った時に持っていた物らしい。宛名には、『十三番目黒子様へ』と書かれていた。


「一ノ瀬チヒロ……。これは、読んだ方がいいのだろうか?」

「すぐにじゃなくてもいいから。おまえが読もうと思った時に読むのがいいと思う」


 すると、黒子はびりびりと封を開けて中身を取り出して読み始めた。


「ははは……。字が汚くて解読するのに時間が掛かるなこれは」


 そう言うと黒子は丁寧に手紙を折り畳みポケットに入れた。

 結局俺は、黒子になんて言っていいのかわからなかった。


 俺は柵に手を突くと少し身を乗り出して大声で叫ぶ。


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっ!」


 振り返ると黒子は目を丸くして驚いた表情をしている。


「ど、どうした急に? この暑さで気でも狂ったのか?」

「この暑さって、おまえ5000度まで耐えられるんだろ?」

「3000度だ! 私は問題ないが、おまえ達人間には充分に耐えがたい暑さだろう」

「いいから、おまえもやってみろよ」

「なぜ私がそんなわけのわからないことをやらなくちゃならない」

「いいから、やってみろって」


 黒子はなんだか納得いかない様子で渋々と俺に言われた通りにする。


「う……うあああああああああああああああああああっ!」

「もっとデカい声で! 腹から声出せっ! 蝉の方がでけえ声で鳴いてるぞ!」



「ああああああああああああああああああああああああああっ!!」



 再び黒子が叫ぶと、俺も一緒になって夏の空に向かって叫ぶのであった。

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