第8話 十三番目黒子は知る

 帰りの電車内はとても重苦しい空気に包まれていた。


 ヨシキ君とトシ君は俯いたままで話さない。

 白鷺さんも腕を組み目を瞑ったままで口を開こうとはしなかった。


 そして黒子はと言うと……。



*****



 俺達は受け付けで手続きを済ませてから智君の病室に向かった。


 部屋の扉をノックすると中から、どうぞと言う若い女性の声があり。静かに扉を開けると黒子は無遠慮に中に入って行った。

 いきなり面識のない俺と白鷺さんが入って行ったら智君が驚くだろうと思い、嫌がる黒子を先に行かせるのだが、暫くドアの所で待っていてもなにも音沙汰がないので、俺と白鷺さんは再び扉をノックすると中へと入って行った。


 智君が横になっているベッドの傍らに黒子が立ち、じっと見下ろしている。

 その反対側には大学生風の綺麗な女性が座っていた。


「あ、あの、突然すみません。その、僕達は智君のその……」


 なんて説明すればいいのかわからないので口籠ってしまうと、女性の方からニコリと笑って話しかけてきた。


「ありがとうございます。今日は沢山のお友達がいらっしゃってくれて、智も喜んでいると思います」


 思いますとはどういう意味だろうか?


 俺は、ベッドに横になっている智君を見てその言葉の理由をすぐに理解した。


 智君の身体には様々な機械の線やチューブが取り付けられていて眠っているように見えた。

 でも、これはきっと。毛布から出ている細い腕を見て俺は眉を顰めた。


 なんとか一命を取り留めたものの、智君はもう半年近くこの状態のままらしかった。

 家族や仲間がどんなに呼びかけても目を覚ますこともなくずっと眠り続けたまま。

 女性は智君のお姉さんだと言う。お母さんと交代で寝たきりの智君の身の回りのことや、筋肉や関節が固まってしまわないようにストレッチを行ったり、もう何か月もそれを毎日続けているらしい。


「ヨシキ君やトシ君も手伝ってくれるから、すごく助かっているんです。あの子達も受験勉強や就職活動で忙しいでしょうに。本当に、弟は色んな人に迷惑をかけてばかりで」


 笑顔でそう言うお姉さんであったが、疲れきってしまっている。俺にはそんな表情に見えてしまって、なんて答えればよいのかわからなかった。


 すると白鷺さんが黒子の肩にそっと手を置くと、耳元で何かを囁いた。


 黒子は少し躊躇するも。智君の手を握ると、小さい声で語りかける。


「十三番目黒子……だ。……はや……はやく……元気になって、また……学校に来い」


 俺からは黒子の表情は見えなかったのだが、これまでの傍若無人な態度だった黒子の背中がとても悲しげに見えたような気がした。




*****



 駅に着くとヨシキ君とトシ君はもう一つ先だと言うのでそこで別れると、まだ昼過ぎくらいなのだが、俺達三人もなんだか今日はそこからどこかに行く気分にもなれず各々の家路についた。


 家に帰ってからも、俺はずっとモヤモヤした気分が晴れなかった。


 お見舞いに行ったら、きっと黒子が来てくれたことに智君は大喜びで、でもそんなことはお構いなしに空気を読まない黒子が智君をその場で振っちゃって。

 ハートブレイク、傷心の智君をヨシキ君とトシ君が励ますその横で、よくも嘘を吐いたわねと俺に詰め寄る白鷺さんと、ドタバタなお見舞いになって看護師さんに叱られて退散してくる。

 そんなシチュエーションになると思っていたのに。


 智君は、ずっと眠ったままだった。

 黒子が来たこともわからず、ずっと眠ったままで。お姉さんは笑って話してくれてはいたけれど、一度も黒子の方へは視線を送らなかったことに俺は気が付いていた。

 きっと、ヨシキ君やトシ君から、黒子のことは聞いていたのかもしれない。

 もしかしたら元気な時の智君から直接聞いていたかもしれない。

 なぜ、今頃になって見舞いにやってきたのか。黒子を責めるのはお門違いとわかってはいるけれど、やはりどこかに許せない気持ちがあったのかもしれない。


「はぁぁぁぁ。どうしたもんか……」


 そんなことを一人、自分の部屋のベッドに横になり呟くとスマホが鳴った。

 画面を見ると白鷺さんからの着信であった。

 LINEではなくて直接電話をしてくるなんて珍しいなと思って出ると、電話の向こうで白鷺さんは捲し立ててきた。


『一ノ瀬くん! 今日のあれはどういうことかしら!?』


「ど、どうと言うのは?」


『彼が宇宙人と交信できるって言っていたあれ! あれは嘘だったのね! なあに? なにかの嫌がらせかしら? 私のことを騙してなにがしたかったの? 普段、宇宙人の話ばかりしているおかしな奴を、上手いことだまくらかすことができたって腹の中で笑っていたのね。私、少なからずショックを受けているのよ。あなたが私のことをそういう風に思っていただなんて。あなたは、あなただけは私の良き理解者だと思っていたのに』


 急にどうしたと言うのか。

 あの場で怒り出すならまだしも、夜になってから電話してきてこんなに怒りをぶちまけるなんて。て言うか、白鷺さんがこんなにも怒るのなんて初めて見た。


「す、すいません白鷺さん。その、どうしても、黒子を智君のお見舞いに行かせたくて。それで俺、白鷺さんに嘘を吐いてしまって」


『どうして黒子をお見舞いに行かせるのに、私を騙す必要があるの?』


「いやその、白鷺さんの言う事なら黒子も聞くと思って……本当にごめんなさい」


 受話器の向こうから大きな溜息が聞こえてくるとしばしの沈黙。

 どれくらいだろうか、たぶん1分も経っていないと思うけど、俺にはそれがとても長く感じられて、その沈黙に耐えかねなにかを話そうと思ったその時。

 白鷺さんの方が先に口を開いた。



『鈴木智君が先程亡くなったって、黒子から電話があったわ』



 その、静かに告げられた内容に、俺は言葉にならないのであった。




 つづく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る