第8話 一ノ瀬家で朝食を
8月の頭。
夏休みが始まって約1週間ちょっと。
部活動をしていない俺にとって、毎年この長期休みと言うのはやることがなくて、結構暇を持て余している。
受験生なのだから受験勉強をすればいいって? 当然やっています。
毎日欠かさず、スケジュール通りに進めているので問題なし。
自慢ではないが成績はそれなりにいい方なので、こないだ受けた模試も適当に書いた志望校は合格ラインだった。
そもそも、未だに進路を決めていないし。大学受験をするかどうかわからない。
もしかしたら俺は、白鷺乃音の影響でハリウッドを目指す可能性だってある。ってくらいに、白鷺さんは毎日の様に俺んちにやってきては、洋画のビデオを見ているのだ。
そして今日も、一本目の映画を見終えようとしている。
「まあまあだったわね」
「て言うか白鷺さん。これは、宇宙人じゃなくて地底生物じゃないですか?」
「なあに? 私が宇宙人映画以外を見たらいけないっていう決まりでもあるのかしら?」
「いや、そういうわけではないですけど」
トレマーズを宇宙人映画と勘違いして借りてきた白鷺さんは、俺の言葉に少しムっとした表情をしながらビデオを巻き戻し終えると、カセットを取り出してケースにしまった。
「よく調べないで借りるからそういうことになるんですよ」
「しつこいわねあなたも。パッケージの裏面にあるあらすじから、ほんの少しの情報だけを頼りに名作映画を発掘するのが私の楽しみなのよ。たまにはこういうハズレを引く時だってあるわ」
ハズレって言っちゃってるじゃん。
口には出していないが、俺の思ったことを察したのか。
白鷺さんは鋭い視線で俺のことを睨みつけると、新しいカセットをビデオデッキにセットするのであった。
「まさか、UFOが意思をもって、宇宙人の役割をするとは思わなかったわ」
「なかなかおもしろかったですね。UFOがUFOを産むなんて発想、中々でてきませんよ」
「まったくね。あんなに大量に増殖するなんて。この映画のUFOはなんだか弱かったけれど、実際にもっと凶悪なUFO宇宙人がやって来たらと考えるとゾッとするわ」
折角、感動的なエンディングを迎えたのに台無しである。どんなエンディングを迎えても、結局は宇宙人の侵略に結びつけてしまうのは白鷺さんの悪い癖……癖って言うのかなこういうの?
そんなこんなで、今日は映画トレマーズと、ニューヨーク東8番街の奇跡を見たわけだが、なぜか一頻りトレマーズの感想を2時間程語り合って白鷺さんは帰っていった。
なんだかんだであの映画気に入ったんじゃん。
次の日。
朝、8時半に目を覚ましてリビングに行くと、珍しく姉ちゃんがまだ居て、朝食の準備をしていた。
「おはようチヒロ。今、朝食作ってるからちょっと待ってね」
「おはよう。珍しいね、こんな時間まで出てないなんて」
「今日は遅出なの。夜も遅くなるから、夕飯は自分で作ってね」
返事代わりに欠伸を一つすると、俺はリビングのテーブルに着き新聞を広げている人物に気が付く。
「なにやってんだよ……黒子」
「なにがだ?」
「なにがだ? じゃねえよ。なんで、人んちでモーニングコーヒーを啜ってんだよおまえ」
「一ノ瀬冬花がそうしろと言ったからそのようにしているのだ。このマンションを購入したのは一ノ瀬冬花なのだから、おまえの家ではなく。ここは一ノ瀬冬花の家だ、つまりお前は居候にすぎず」
「あー、うるせえうるせえ。なんで、おまえが居るんだって聞いてるんだよ」
新聞紙を取り上げると、台所に見える人物の姿に俺は固まった。
「おはよう一ノ瀬くん。お姉さんから朝食はパン派って聞いたけれど。私はごはん派なの、だから今日は我慢して頂戴ね」
なぜ、白鷺さんが俺んちの台所で朝食を作っているのか?
ていうか、エプロン姿が結構似合うと言うか。真っ白なエプロンを着けているので、台所の中が眩しい!
わけがわからず呆けている俺の耳元で姉ちゃんが囁く。
「黒子ちゃんと白子ちゃん、どっちが本命なの?」
「なんだよそれ? 白子ちゃんって白鷺さんのこと?」
「どっちも可愛らしくて、お姉ちゃんびっくりしたわ。チヒロがこんなにモテるなんて知らなかった。もう……もうお姉ちゃんの……お姉ちゃんは、うわああああああああん!」
「なんで泣くんだよっ!」
そうこうしている内に朝食ができたので皆でテーブルに着いた。
白いご飯にお味噌汁、焼き魚に目玉焼きと、焼き海苔と納豆など。日本の朝食という感じで、なんだかこういう朝ご飯もいいなと思ってしまう。
そしてなにより、こうやって大人数に囲む朝食風景。
両親が他界してからは、姉ちゃんはいたけれど、ドタバタした朝の準備で一緒に食卓に着くなんてことはほとんどなかった。
家族との朝食って、こんな感じだったのかなと。
久しぶりのこの雰囲気に、なんだか落ち着かない気分でいると、それに気が付いた白鷺さんが俺の方を見て、少し笑ったような気がした。
「一ノ瀬くん、お醤油を取って貰えるかしら?」
「あ、はい、どうぞ」
「チヒロ、私は塩~」
「はいはい」
「一ノ瀬チヒロ、私はマヨネーズだ。ご飯にかける」
「きも、おまえマヨラーかよ。黒いのに」
やいのやいのと人のことを扱き使う女子達に俺はうんざりする。
そんな夏休みの、朝の一幕。
今日も、暑くなりそうだ。
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