最終話 未来泥棒

 朝食を終え、食器を食洗機にかけると、白鷺さんが言った。


「じゃあ、出かける準備をして」


 俺と黒子が顔を見合わせて、わけがわからないといった顔をしていると。白鷺さんは自分の荷物の準備を始める。

 なにやら大きなリュックサックから、上着やら日傘やらサングラスやら日焼け止めやらを取り出すと、白鷺さんは俺と黒子の方を見て親指を立てた。


「なにがですかっ!? え? て言うか、どこに行くんですか? そんな約束してましたっけ?」

「私もなにも聞いていないぞ白鷺乃音」


 二人の質問に白鷺さんはやれやれといった感じで首を横に振ると、リュックサックの中から双眼鏡を取り出した。


「決まっているでしょう。夏と言えば、UFO観測よっ!」


 いや、そんな夏の定番ねえよ。

 姉ちゃんに見送られて、俺達三人はゾロゾロと連れだって家を出ていくのであった。



 今日の日差しも一段と強かった。

 夏も本番を迎えると、日に日に暑くなっていって、このまま際限なく気温が上がっていくのではないかと思えるくらいに暑かった。

 汗がとめどなく流れ出て来る。そんな中、白鷺さんはなるべく直射日光を浴びないように、長袖で顔もスカーフで覆っているのだから大変である。


「白鷺さん、暑くないんですか? やっぱり、家の中で遊んだ方がいいんじゃないですか?」

「なにを言っているの一ノ瀬くん。これは遊びではないのよ。命懸けなのは覚悟の上、例えあなたが途中、熱中症で倒れたとしても、それはやむを得ない犠牲として割り切るわ」

「そこはちゃんと救急車を呼んでくださいよっ!」


 そんなことを話す俺達が今いる場所は山中であった。

 と言っても森の中ではなく、木々のない山肌を登っているので、地上に居るよりも陽射しは更にきついのである。

 すると、前を行っていた黒子が呆れた様子で振り返り言う。


「この程度で情けない奴らだな」

「おまえはアンドロイドだから、疲れも暑さも関係ないだろうが」

「まあな。私は、現行機では最新の機種だからな。貴様らとは基本スペックが違う」


 そもそも俺も白鷺さんもアンドロイドじゃねえよ。と言うツッコミはさておき。

 ようやく目的の場所に着いたらしく、白鷺さんは荷物を下ろすと意気揚々に声を上げた。


「ここをベースキャンプとするっ!」


 え、なに? どうでしょう? なにそのテンション、ちょっとついて行けない。


 俺が戸惑っていると、黒子も背負っていたテントを下ろして張り始めた。


「ちょ、ちょっと待ってください! え? ベースキャンプって、泊まりなんですか?」

「当たり前でしょ。UFO観測は夜間の方がしやすいなんて常識でしょう」

「いやいやいや、聞いてないですよ。姉ちゃんにもなにも言ってないし」

「お姉さんには一ノ瀬くんが起きる前にちゃんと説明しておいたわ。一晩預かることを快く承諾してくださったわよ」


 だからなにも聞かずに送り出したのかあのアマ。

 結局騙し討ちに近い感じで俺はこんな山中まで着の身着のまま連れ出されてしまったのだが最早手遅れ。こうなってしまった以上、白鷺さんはなにを言っても聞かないだろうし、まあこの際だ、夏のキャンプを楽しもうっ!



 と言う、俺の考えは甘かった。


 ベースキャンプの意味を俺はちゃんと理解していなかった。

 黒子を置いて、そこから更に俺と白鷺さんは山を上がって行く。途中、何度かの休憩を挟みながら、3時間程登っただろうか? もう限界だと思ったその時、白鷺さんが立ち止まった。


「頂上よ、一ノ瀬くん」


 白鷺さんの指差す先、もう目と鼻の先が山頂であった。


 最後のひと踏ん張り、ゆっくりと慎重に山の頂まで上がると俺は息を飲む。

 眼下に広がる壮大な景色。自然の緑と、赤い空が広がるパノラマに、俺は感動のあまり声も出せずにいた。

 白鷺さんもゆっくりと俺の横に並び立つと、急に大声を上げた。



「一ノ瀬くうううううううううんっ! 私はっ、ここに居るわよおおおおおっ!」



 白鷺さんがこんな大声を上げるのなんて初めての事だったので、俺は驚きのあまり白鷺さんのことを凝視していると。その視線に気が付いたのか、白鷺さんは俺の方へ振り返り小首を傾げる。


「どうしたの?」

「いや、突然だったのでびっくりしちゃって」

「一ノ瀬くん。物事と言うのは、いつだって突然なのよ。そんなことに、毎回驚いていたら、いざと言う時に正しい判断ができなくてよ」

「ところで、なんですか? 私はここに居るって?」


 なぜ、突然俺の名前を呼んでそんなことを叫んだのか。

 俺の問い掛けに白鷺さんは、暫く黙り込んで沈んで行く夕陽を見つめている。

 そして、陽が沈み切る直前、空が二色のグラデーションに染まり始める。



 ―― 今でも、あなたを、一人ぼっちで ~♪


 白鷺さんは、歌を歌い始めた。

 それは聞いたことのない曲だった。


「なんの唄ですか?」

「すかんち。知らない?」

「ああ、Rollyでしたっけ?」

「そう、ロビタって曲。好きなの」


 ロビタ、手塚治虫の漫画に出て来るロボットの名前だ。

 人間とロボットの心が一つになって生まれたロボットの話。


 歌い終える頃には、白鷺さんは一筋の涙を流していた。

 その涙の意味がなんなのか俺にはわからなかった。

 けれど白鷺さんは、とても悲しげな表情をしている。そして小さな声で何かを言ったような気がしたけど、俺は聞き取れなかった。


「え? なんですか白鷺さん?」

「なんでもないわ。さあ、始めるわよ一ノ瀬くん! なんだか今日はUFOを呼べる気がするわっ!」

「なんですかその根拠のない自信は!?」

「根拠ならあるわよ。私は白鷺乃音だからよっ!」



 夜空に星達が煌めき始める。


 俺と白鷺さんはこんな感じで、いつもの通りの二人なのであった。






 これで、一ノ瀬チヒロと白鷺乃音の物語は終わりとなります。

 この後、二人が迎える運命を、皆さんはご存知かもしれない。

 けれど、もしかしたらこれは、皆さんの知る一ノ瀬チヒロと白鷺乃音の物語ではないかもしれない。



 時の流れとは円環構造ではなく螺旋なのである。



 過去が同じ未来に向かい、未来が同じ過去に戻るとは限らない。



 きっと、二人の物語も。




「愛しているわ。一ノ瀬くん」





 完

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ヴァイス・ノイン・ブライダル あぼのん @abonon

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