第6話 一ノ瀬チヒロは襲撃される

 目の前にいる謎の女を前に、俺は嫌な予感を感じていた。

 こいつは絶対によくない奴だと。何故だかわからないがそう直感した時、女は背中に手を回して何かを取り出した。


 ライフル?


 思った瞬間黒子が叫ぶ。


「チヒロ! 逃げろっ!」


 女の手にした銀色の棒の先が一瞬光ったように見えた。

 直後、俺は身体が浮き上がるような、突如無重力空間にでも来たかのようなそんな感覚に見舞われる。

 例えるならテーマパークなどにある、急上昇と急降下を繰り返すアトラクションに乗っているような感覚だ。


 気が付くと俺は黒子に抱えられて地上に出ていた。


「く、黒子? 一体、なにが……!?」


 俺を地面に下ろすと、黒子は突然膝を突いてしまう。

 右腰部分の服が焼け焦げて黒い煙を上げている。その部分、白い肌に直径2センチほどの穴が開いていた。


「黒子っ! 大丈夫か!?」

「問題ない、戦闘継続にはなにも支障はない」

「そんなわけないだろ! 身体に穴が開いてんだぞ! おまえ、そんな、痛くないのか? 直ぐに救急車を呼んで」


 すると黒子は立ち上がり俺の胸倉を掴み上げて怒声を上げた。


「いいから落ち着け! 私はアンドロイドだぞ、痛みや苦痛は感じない。この程度であれば問題なく稼働できると自己診断プログラムが働いているのだ!」

「わ、わかっているけど、黒子、俺はお前のことが」

「心配なのは理解している。だが今は感情とやるべきことは切り離せ。奴は敵だ。そして恐らく、おまえの命を狙っている。さっきの一撃は、おまえの心臓を狙っていた」


 どうして? 意味がわからない。なんで俺が未来からやってきたアンドロイドに命を狙われなくちゃならないんだ。

 こんなの、宇宙人の侵略じゃなくて、ターミネーターじゃないか。


「とにかく、おまえはここから逃げろ」

「逃げろったってどこに? それにおまえはどうすんだよ?」

「いいから早く行け! 奴は私が破壊する!」


 その瞬間、黒子は振り返ると右腕の銃を廃ビルの入り口に向けて発射した。

 ビーム弾のような丸い光が何発も撃ちこまれ、小さな爆発を繰り返している。それを10秒ほど続けると、黒子は射撃をやめて舌打ちした。


「ちっ、やはり威力を抑えた攻撃では効果はないか」


 砂煙の中から何事もなかったかのように女が現れると、先程の武器を俺に向けてきた。

 攻撃される直前、間合いを詰めていた黒子が女の武器を蹴り上げると、レーザーが上空へと発射される。その一撃は地下で放たれたものよりも威力が増していた。


「私が相手だ! 余所見してんじゃねえっ!」


 黒子の攻撃が女の顔面に向かってゼロ距離で放たれた。

 女は後方へ弾き飛ばされ地面を2~3度転がると、うつ伏せに倒れ込んでいたのだが、すぐに起き上がった。


駆逐目標ターゲットヲ、シュバルツ・ドライツェンに変更。シュバルツ・ドライツェンを駆逐シタ後、イチノセチヒロの排除を遂行スル」


 まるで感情の籠っていない音声でそう言うと、女は黒子に向かって武器を向けた。


 黒子は背中のバーニアを展開すると空へと飛行する。

 同じように女もバーニアを展開して黒子の後を追うと、数秒後、遥か上空で閃光が迸るのが見えた。


「一体なにが起こってるんだ? どうして、こんなことに……」


 呆気にとられていたのだが、ポケットの中でスマホがブーブーと振動していることに気が付いた。こんな時に誰だと思うのだが、画面を見て俺は驚いた。


「し、白鷺さん? どうして……もしもし、白鷺さん?」

『一ノ瀬くん、今、どこでなにをしているの?』

「今はその、なんて言えばいいのか、その……なにからどう説明すれば」

『黒子が戦っているのね?』


 なんで知っているのかと思うのだが、それ以上に白鷺さんがとても苦しそうに話しているのが気になる。


「白鷺さんは大丈夫なんですか? すごく苦しそうですよ」

『私は大丈夫よ。そんなことより」

「そんなことよりってなんですかっ! それ以上に大事な事なんてないじゃないですか! 倒れたんですよ? 救急搬送されたんですよ! 白鷺さんにもしものことがあったらどうするんですかっ!」


 つい怒鳴ってしまった。

 白鷺さんが自分のことなんてどうでもいいような、そんな言い方をするのが我慢できなかった。

 どうでもいいわけがない、白鷺さんにもしものことがあったら、そう考えたらどうでもいいなんてことがあるわけがないじゃないか。


 白鷺さんは一瞬黙り込むのだが、興奮する俺のことを宥めるように、いつもの冷静沈着な声で再び話し始める。


『一ノ瀬くん。感情的にならずに、今はあなたのやるべきことをやりなさい』

「どうして……そんな、黒子と同じようなことを……」

『一ノ瀬くん、これから、ヴァイス・ノイン61298が目覚めるわ』

「なんで……そんなことがわかるんですか?」

『私の中のあの子がそう言ったのよ。今、黒子が戦っている相手は、ブライダルプログラムを生み出したあなたの抹殺にやってきたの』

「俺を? どうして……」


 逡巡するかのように白鷺さんはほんの少し間を置くと、ゆっくりと俺の質問に答えるのであった。


『ブライダルプログラムが、ヴァイス型アンドロイド達の機能を停止させた。その為に、地球人とジュピターナの間で死者の生まれる戦争が再開されたのだと』



 つづく。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る