第2話 十三番目黒子は問いかける

 どうして俺の名前を知っているのか? 俺は、目の前にいる女性とは面識はない。

 もしかして、白鷺さんの知り合いなのだろうか? だとしても俺のことを話す理由も見当たらないし、なぜ顔をしっているのか? わざわざ写真を見せて、これが一ノ瀬チヒロだなんて、そんなことがあるわけがない。


 俺が困惑して返事を戸惑っているのを見かねたのか、答えは待たずに再び彼女の方から話し出す。


「この場所は、白鷺乃音に聞いたのか?」


 やはり白鷺さんの知り合い、ということは今朝の出来事は……。


 彼女の後ろに目をやると朝と変わらない光景が見える。あの出来事はやはり夢ではなかったのを確認すると、俺は恐る恐る口を開き目の前の女性に質問した。


「白鷺さんを、知っているんですか?」

「先に質問をしたのは私だ。おまえは、一ノ瀬チヒロだな?」

「そ、そうです。この場所も今朝、白鷺さんと一緒に来て知りました」


 俺の答えに女性はしばし考え込むと、こんな所で立ち話もなんだからとにかく中に入れと促してきた。


 椅子を出されると俺はそこに腰掛ける。

 女性は別の部屋に行くとなにやらガタガタと探しているようなのだが、しばらくして戻って来ると、手に持っていたペットボトルのお茶をそのまま俺に差し出してきた。


「粗茶ですが」


 真顔でそう言うのだが、この場合にその言い方はあっているのだろうか?


「は、はあ。頂きます」


 俺はペットボトルのお茶を受け取ると蓋を開けようとするのだが、少し緩んでる。て言うか、ちょっと減ってねこれ?

 怪訝顔で彼女の方へ眼をやると、これまた真顔で言ってきた。


「昨日、白鷺乃音が少し飲んでいたが気にするな」

「いや流石にそれはダメだろっ!」


 しかし、白鷺さんが口を付けたペットボトル、これは少し気になる……。

 いやいやいや、駄目だそんなこと、流石にそれはいくらなんでも引かれるだろ。


 そう思うのだが……。でも、目の前の女性が折角出してくれた物なのだ。むしろ口を付けないのは失礼にあたるのではないか? そうだ、それにこんなチャンスは二度と。って、俺はなにを考えているんだああああああ!


 頭上に居る悪魔と天使が、「飲んじまえ間接キスしちまえ」、「やめなよ。そんなことをしたら白鷺さんに嫌われちゃうよ」とせめぎ合うのを俺は身悶えながら聞いていたのだが、そんなことはお構いなしに、女性は話を続けた。


「おまえが一ノ瀬チヒロなら、もう白鷺乃音から聞いているだろう」

「え? あ、ああ、はい。その、後ろに寝ている女性の事ですか?」

「そうだ、ヴァイス・ノイン61298。奴のことと、それに私のこと」


 ああ、やっぱりこの人も知っているのか。


 白鷺さんはこの事を、俺と白鷺さんだけ二人の秘密だと言っていたのに、他に知っている人が居たことに俺はちょっとがっかりしてしまった。

 それにしても、彼女は「私のこと」と言っていたが、俺は目の前にいる女性のことは何も聞かされていない。この人は一体何者なのだろうか?

 そう思っていると、女性は座っていた椅子から立ち上がり俺に近づいてきた。


「おまえが一ノ瀬チヒロなら話は早い。今すぐに、ヴァイス・ノインを動くように修理しろ」

「え? な、なんで俺が? そんなことできるわけないじゃないですか?」

「なぜだ? ヴァルキュリヤを作り出したのはおまえだろう? 今すぐに、ヴァイス・ノインを直せ。そして、それを私が破壊する」


 はあ? 意味がわからない。なんで、直した物を破壊するんだ? だったら直す意味がないじゃないか。言ってることが支離滅裂だぞこの人、しかもずっと無表情のままでだし。


 まるで白鷺さんのようだと思っていると、女性はヴァイス・ノイン61298の傍らへ行き顔を覗き込んだ。


「ヴァイス・ノイン61298。起きろ、一ノ瀬チヒロだ。我々を作り出した存在が目の前にいるのだ。この男なら、おまえの疑問にも答えてくれるかもしれないぞ。返事をしろ、ヴァイス・ノイン61298」


 女性は何度か呼びかけるのだが、返事がないのを確認すると、ゆっくりと椅子に腰掛けて俺のことを見つめてきた。


「やはり駄目だな」

「そ、それはそうでしょう。白鷺さんも、彼女はずっと眠ったままだと言っていたし。そう言えば、彼女のことを助けてほしいとも言っていました」

「白鷺乃音がそう言ったのか?」

「はい……。一体、あなた方はなんなんですか? やっぱり信じられないですよ。そのアンドロイドが未来からやってきて、その意識が白鷺さんの頭に入り込んで一つになっただとか。これから何十年後かの未来で、地球に異星人が攻めてくるだとか、そんな話……って、あの、聞いてます?」


 目の前の女性は、俺の言葉に目を見開いたまま硬直しているように見えた。

 今までと変わらない無表情にも見えたのだが、明らかに何かに驚き、そして何かに喜んでいるようなそういう表情に見えた。

 しばらくすると、震える声で女性は話し出す。


「そういうことだったのか……」

「え? なにがですか?」

「今の話、確かに白鷺乃音がそう言ったのだな?」

「え? 地球に異星人が攻めてくるって話ですか?」

「違う! その前だ! 白鷺乃音と意識が一つになったと言う部分だ!」


 声を張り上げるので俺は首をぶんぶんと縦に振ると、女性は立ち上がり歓喜の声をあげる。


「そういうことだったのか! だったら私は白鷺乃音を破壊すればいいのだな! ははは……。はははははあああああっはっはああああああああっ!」


 笑い声を上げる女性の言葉の意味を、俺は理解できないのであった。



 つづく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る