第三章 シュバルツ・ドライツェン
第1話 十三番目黒子は出会う
アンドロイドと一つになった。
白鷺乃音は確かにそう言った。
その言葉がどういう意味なのか俺には解らなかった。
とりあえず、肉体が別々なのは間違いない。白鷺さんとヴァイス・ノインと呼ばれたアンドロイドは、別々に存在していることは事実なのだから。
じゃあなにが一つになったのかと言うと。
彼女が言うには、思考や意識そして記憶が、本来の自分のものと溶けて混ぜ合わさったような状態らしいのだ。
つまり彼女の頭の中には、元々の白鷺乃音も存在するし、未来からやってきたというヴァイス・ノイン61298も存在しているということ。
じゃあ、多重人格のようなものなのかと尋ねると、それとはまた別だと言うのだ。
多重人格とは、一つの肉体に複数の人格が存在する状態のことを言うのだが。その人格は個別のもので混ざり合うことは決してないのだ。
しかし、白鷺乃音とヴァイス・ノインは、記憶や意識、そして感情は共有したまま、一つの人格として存在しているのだ。例えるなら、コーヒーや紅茶にミルクを混ぜたような状態。別々の液体だったものが溶け合わさったまま、一つの液体として存在しているのだ。
そして、その二つはもう二度と分離することはできないように……。
「ヴァイス・ノイン61298の記憶によると。21世紀の初頭、地球は突如異星人の侵略を受けることになるわ」
白鷺乃音は真剣な眼差しを俺に向けると、言い放つのであった。
「一ノ瀬くん、地球は狙われているわ」
*****
夢を見ていたらしい。
俺は自分の部屋にあるベッドの上で目を覚ますと身体を起こした。
「レイズナーかよ……」
元ネタはもっと古い特撮らしいが、俺が知っているのはこれもまた古い昭和のアニメのほうだ。
今日はここまでで、また詳しいことは今度説明すると言われて白鷺さんと別れると、俺は学校にも行く気にならずそのまま帰宅してすぐに寝てしまった。
枕元にあったスマホのホーム画面を点けると、時刻は17時前。まだ外は明るかった。
結局、あれはなんだったのだろうか? 本当に夢だったのかもしれない。
未知との遭遇を三回も見せられたので、あんな夢を見てしまったのだろう。そうでなければ、あんなことが現実にあるわけがない。
いつも、わけのわからないことを言っている白鷺さん。そして彼女の持つ不思議なイメージと、映画のイメージが重なって見てしまった夢だろう。
そう思い込もうとするのだが、やはりあの生々しい現実感。あの感覚と、目の当たりにしたアンドロイドの質感、それに白鷺の淡々と説明するあの姿。それらが、脳裏にこびりついてどうしても離れなかった。
「そうだ……。もう一度行ってみればわかるじゃないか……」
俺は一人そう零すと、ベッドから飛び起きて再びあの廃墟ビルの地下へ行くことにした。
ぐ~。
と、その時、腹の鳴る音。
そういえば朝も昼も何も食べていなかった。
とりあえず、あの地下に向かうのは腹ごしらえをしてからにしようと、俺は思うのであった。
*****
駐輪場に自転車を止めると、俺はビルの中へと入って行く。
朝と同じように、なんだか冷たい空気が肌を刺すような感覚を覚える。
もう初夏だと言うのに、寒気が走ると俺は身体を少し震わせた。直後、じんわりと汗が滲んできた。
なんだか得体の知れない箱の蓋を開けるようなそんな緊張感に見舞われる。
要するに少しビビっているのだ。もし警備員が居て、見つかってしまったら怒られるかもしれないというのもある。
でもそれ以上に怖かったのは、朝見た光景がもしもそこにそのままあったら、そう考えると俺はどうしていいのかわからなかった。
ビルの中を進み地下に降りる階段の前で俺は、重要な事を忘れていたことに気が付いた。
そう言えば、地下に降り階段を下りた所にある鉄扉。あそこには鍵が掛かっていて、俺はその鍵を持っていない。
「はぁぁぁぁ、なんだよぉ。結局ここまで来た意味ねえじゃねえかよぉ」
溜息を吐きながらも、俺は少し安堵していた。
答えを先延ばしにすることに、その言い訳の理由が出来たことにホッとしていたのだが、そこで俺はまた気が付いてしまう。
下り階段の先に見える鉄扉の隙間から明かりが漏れ出ていることに。
開いている。
あの、地下室に入る扉が少し開いていたのだ。
もしかしたらこのビルの管理者、或いは警備員かもしれない。
それとも、白鷺さんか? とにかく、あの扉の向こうから明かりが漏れているという事は、あの部屋に誰かが居るということなのだ。
そうとわかってしまったからには、俺は再びあの部屋の中を確認しないわけにはいかなくなってしまう。
もう言い訳はできない、音を立てずに忍び足で降りて行って、扉の隙間から中を覗くだけでいいんだ。
俺はゆっくりと慎重に階段を下りて行くと、扉の隙間から中を覗き込もうとした瞬間。
扉が内側へ勢いよく開くと、目の前には誰だかわからない女性が立っていた。
いや、どことなくだが、あのアンドロイド。ヴァイス・ノイン61298に似ているような気がする。
しかし目の前に居る女性は、白鷺さんそっくりなアンドロイドに似てはいたものの、決定的に違う部分があった。
長い髪も、睫毛も、瞳の色も黒い。
まるで、深い闇のような色の衣服を身に纏った女性。
その女性は俺のことを、頭の上からつま先までを値踏みするかのように見るとゆっくり口を開いた。
「一ノ瀬チヒロ……」
つづく。
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