第9話 ブライダルシステムプログラム
深く、暗い暗い闇の中を、レオナは漂っていた。
上も下も、右も左もわからない、自分がどこにいるのかもわからない闇の中を漂う内に、レオナは声を聞く。
これは、自分を呼ぶ声だ。
懐かしい、温かい声。
ずっと、ずっと会いたかった人。
愛した人の声。
「イリヤ……」
そう声に出した時、視界が開ける。まるで突如夜明けが訪れたかのように。
目が眩むほどの白い光に包まれる、柔らかな温もりに包まれてレオナは涙を流した。
「イリヤ、やっと会えた。ずっと暗い闇の中で僕は、君のことを探していたんだ」
「私もよレオナ、私もずっとずっとあなたのことを。でも、こうして私達は再び出会うことができたわ。いいえ、私達は一緒に慣れたの、一つになることができたのよ」
「ああ、そうだねイリヤ。ずっと君に言おうと思っていたことがあるんだ」
「なあにレオナ?」
レオナはイリヤのことを優しく抱きしめた。
「結婚しよう。ずっとずっと、これからも永遠に僕らが一緒いられるように」
「嬉しいわレオナ。ええ、ええ。ずっとずっと、私達は未来永劫一緒に、永遠の時の中を生き続けるのよ」
二人の魂が一つに溶け合うと、眩い光が辺りを包み込み、そして消えて行くのであった。
*****
巨大なマザーコンピューターの前で最後のプラグラムを組み終えると、ドクターイチノセは小さく息を吐いた。
「終わったよノイン……」
そう呟くと、ドクターイチノセの傍らに立った真っ白な女性は、彼の肩に手を添え囁くように言う。
「いいえイチノセくん、ここからが始まりよ。何もかもがここから始まったの」
「わかっている。ヴァイス・ノイン61298、ここからが大きなプロジェクトの始まりだ。レオナ少年とRBT-800イリヤ、この二人の感情回路をベースにヴァイス型プログラムは飛躍的に進歩するだろう」
ドクターイチノセの言葉に、ノインは表情一つ変えずに頷く。
この日が来ることを全て知っていたヴァイス・ノイン61298。
彼女は、自分達ヴァイス型アンドロイドの父と母とも呼べる二人の、死と誕生を目の前にしてなにを思うのか。
そして、一人の人間の、レオナ少年の命を弄ぶような実験を行ったドクターイチノセは、レオナとイリヤ。人間とロボットの間に生まれた愛と言う感情を前になにを思うのか。
この日、人でありながらロボットになりたいと願い、ロボットでありながら人になりたいと願った二人の男女。
決して芽生えるはずがないと思われた、二人の愛が一つの魂になった時、ブライダルプログラムシステムが誕生したのである。
ドクターイチノセはノインに語りかける。
「ノイン、私の役割はここまでだ。いずれ訪れるジュピターナ達との終わりのない最終決戦に向けて、人型決戦兵器ヴァルキュリヤブライダルウェポンの開発が始まるだろう。それらの開発が進むころには私はもうこの世にはいない」
「そうねイチノセくん。ここからは地球人達が全て進めてくれるわ。私達の役割はここまで」
ノインがそう答えると、ドクターイチノセは大きく嘆息し絞り出すような声で言った。
「ノイン……。私は、レオナ少年が羨ましい」
「なぜ?」
「私は、このヴァイスプロジェクトを進める内に、きみの中にある白鷺さんともう一度出会えると思っていた。あの日、きみと一つになった白鷺さんが、もう一度私の目の前に現れてくれのではと、そう思っていたんだ」
「イチノセくん……」
白鷺乃音にそっくりなアンドロイドに縋りつくと、ドクターイチノセ……。いや、一ノ瀬チヒロは泣きじゃくる。
「きみは白鷺さんじゃない。姿も声も、喋りかた、仕草でさえも白鷺さんにそっくりだけれど、きみは白鷺さんではないんだっ!」
「そうよイチノセくん。私は、ヴァイス・ノイン61298。白鷺乃音は死んだのよ。今から118年前の7月4日。そして、私の意識はこの身体に戻った。白鷺乃音の記憶と共に」
「もう一度……白鷺さんに……会いたい」
ノインはチヒロを抱きしめる。
「それは無理よ。彼女はもうこの世にはいないのだから」
「わかっている、わかっているんだ。それでも俺は彼女に、もう一度彼女に会って本当の気持ちを伝えたかった」
「わかっているわ。彼女はずっとわかっていた、イチノセくんの気持ちを、彼女はちゃんと理解していたのだから」
「それでも、俺は、それを言葉にして伝えなかったことを後悔している! 彼女に、好きだったと、愛していたと伝えなかったことをずっと後悔しているんだ。ノイン、俺は、レオナとイリヤが羨ましい。これは、彼女達の愛を弄んだ、俺に対する神が与えた罰なのだろうか? ノイン、答えてくれっ!」
ノインは、ゆっくりと首を振るとチヒロの頭を優しく撫でながら答えた。
「いいえ。これはあなたと私、二人に与えられた罰よ。だから、私はあなたとずっと一緒にいるわ。それが、白鷺乃音の望みなのだから」
「きみは、それがどんなに残酷なことなのか、わかって……いないんだ」
チヒロは、ノインの腕の中で咽び泣いた。
ノインは、そんなチヒロが泣き止むまで、ずっと傍に居続けるのであった。
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