第8話 ブライダル・ウェポン
季節は過ぎ、冬の訪れを感じ始める頃。
レオナはイリヤに愛を告白し、イリヤも自分の胸に湧き上がるものが愛であると理解した。
お互いの愛を深めあい、いつしか二人だけの世界に閉じ籠るようになった。
「レオナ、学校には行かなくていいの?」
「いいんだ。僕はもう一生働かなくたって、ここでこうしてきみと生きていけるんだからね」
「でも……。あなたはもっと多くの人達と触れ合って、お友達を作るべきだと思うわ」
「必要ないよ。僕にはきみがいればそれで充分だ」
「でも……」
そんなある日、世界中を震撼させる事件が起こった。
世界中の大都市部に突如現れた謎の巨大飛行物体。20世紀にはUFOなどと呼ばれていたものが、本当に地球にやってきたのだ。
地球人類は当初は驚きはしたものの、恐怖はしなかった。
既に人類も、他惑星への進出を行っており、火星開拓にまで着手するようになっていたからだ。
どこからやってきたUFOかはわからなかったが、友好関係を築くことができれば、人類の科学力も飛躍的に進歩するであろうと、世界中の首脳陣達は考えた。
アメリカ、中国、ロシアを始めとする大国。そして先進国は我先にと異星人とのコンタクトを取ろうと躍起になり、なんとか他国を出し抜くことはできないかと考えた矢先、それがかなわないことが判明する。
地球へやって来た異星人は、侵略者であったからだ。
運命の日。世界各国への一斉攻撃を始めた異星人達と地球人の、果てしない戦いの幕開けとなったのである。
「見てごらんイリヤ」
「どうしたのレオナ?」
瓦礫の山となった街並みを見下ろしながらレオナはイリヤに話しかける。
「これまで僕の目に映る世界は、なにもかもが色を失い、こんな風に全てが瓦礫のように見えていたんだ」
「……」
「でも不思議なんだ。実際に世界が壊れて色を失った時に、なぜか僕には世界が色鮮やかに見えるようになった。なぜだと思う? 僕は世界がこうなることを望んでいたのだろうか?」
「レオナ……」
イリヤは悲しげな表情を浮かべてなにも答えることはできなかった。彼の乗る車椅子のハンドルを握る手が微かに震えている。
レオナはもう、一人では立ち上がり歩くことさえままならなくなっていた。
人工的に作られた身体のパーツが、わずか数年で寿命を迎えたのだ。
これには医療の各専門分野の医師達もお手上げであった。あれだけレオナの身体に適合していたパーツが、なぜ急にこのような拒絶反応を起こし始めたのかまるで原因がわからなかった。
彼の手術を担当したドクターイチノセとは連絡を取ることができなくなっていた。
戦争によって地球は壊滅状態にあり、個人同士がコンタクトを取るのを難しくなっていたのもある。もしかしたら、既に死んでいる可能性も多分に否定できなかった。
「レオナ……。私は、それでもあなたと一緒に過ごしたこの世界を愛しています。あなたを愛しています」
「僕もだよイリヤ。愛している。僕は……、僕は……死にたくない。こんなことなら、僕はあの時、ロボットになりたかった! 僕は人でも、ロボットでもない、こんな中途半端な身体になってしまった僕は、イリヤ、僕は一体なにものなんだ!」
縋り付き泣き叫ぶレオナのことを抱きしめ、イリヤも涙を流すのであった。
そしてまた季節は流れる。
最早、地球上にはほとんどの生命が存在しなかった。
異星人の進攻により、人類は絶滅の危機に瀕していた。
地下に潜った人類の生き残り達も、初めの内は反撃の機会を狙っていたものの。次第に疲弊していって最早打つ手なしと、そのまま死を待つしかないと考え始めた頃に事態は動き出す。
ドイツの首都ベルリン上空にあった異星人のマザーシップが撃墜されたとの情報が、各世界の生き残り達の元に舞い込んできたのだ。
遥か昔に使われていたモールスの微弱な信号によって世界中に報される。
―― 今ここに、ブライダル・ウェポンが完成した。反撃の時は来たれり。立ち上がれ人類よ ――
人類の生き残り達がドイツへ終結すると、異星人への反撃が開始されたのである。
レオナとイリヤも、大陸を渡りドイツへと入っていた。
その頃にはレオナはもう意識もなく。ただ辛うじて息がある、そんな状態になっていた。
それでも彼はまだ生きていた。必死で、死に抗うように、心臓は鼓動を止めなかった。
難民たちの集まる施設になんとか身を寄せると、イリヤは最期の時が迎えるまで精一杯生きようとした。
そんなある日、地球軍の兵士がイリヤの元にやってくると、レオナを連れて地下の施設へ来てほしいと言われた。
そこへ行けば、レオナを治療する術があるかもしれないと思ったイリヤは、藁にも縋る思いで、地球軍地下基地に赴くと直ぐに、寄せ集めの医療器具によって、レオナの生命維持が施された。
「レオナ、きっとここならあなたを治せるわ。がんばってレオナ、私が傍にいるわ」
その時、レオナの容体が急変し始めた。
バイタルに異常が起こり、警告ブザーが鳴り響く、イリヤは必死で神に祈った。
しかし、医師達の懸命の処置も虚しく、レオナの心臓は鼓動を止めた……。
「神よ……。私は、人間になりたい……。人間であれば、私はレオナの後を追うことができたでしょう。でも、ロボットである私には、自らの命を絶つプログラムはないのです。私は……人間に……なりたい」
レオナの遺体の傍で座り込み涙を流し続けるイリヤには、どんなに願ってもそれが叶わない願いであるとわかっていた。
それでも、願わずにはいられなかった。レオナの居ない世界など、彼女にとってはなにもない世界に等しかったからだ。
ふと、顔を上げると、イリヤは目の前に誰かが立って居ることに気が付いた。
白い、真っ白な、それはまるで天から舞い降りた神の御使いのような。
「あなたは……」
イリヤが問いかけると、その人物はゆっくりと近づきながら答えた。
「私はノイン。あなたを迎えに来たのよ、イリヤ」
つづく。
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