第3話 繰り返す地球の記憶

 サラは、夢を見ていたような気がしていた。

 それは、長い長い夢だったような。アンドロイドの自分が夢を見るなどと、そんなことがあるのだろうかと可笑しくなった。


 仰向けになっていたベッドから起き上がると、埃が舞いあがり、明かり取りから入ってくる陽の光に照らされてキラキラと輝いている。

 今日はお洗濯日和だなと思うと、もう、そんなことをする必要もなかったのだと気が付き、サラは小さな溜息を吐いた。



 サラが眠りにつくよりも先に父親である、ジョージ・ヘクターは旅立った。


 きっと、自分のことを心配してのことだろうと思い、どんな時でも娘を優先する立派な父親であったと思い返すと、忘れかけていた感情が再び胸に湧き上がる。


 愛していた。


 父のことを、本当の父親だと思っていた。

 途端に、悲しみが膨れ上がり胸を締め付け、溢れるほどの感情で一杯になる。

 そしてふと気が付いた。


 どうして、目覚めたのだろうか?


 ヴァイス型アンドロイドの全ての機能が停止することは、その時が訪れる10年も前から、サラと、ジョージは知っていた。

 アンドロイド開発の第一人者でもあるジョージが、偶然発見したブライダルプログラムに隠された暗号。それは、ヴァイス・ノイン61298の消失と共に、全てのヴァイス型アンドロイドの機能が停止するというものであった。


 サラは、機能が停止してからどれくらいの時間が経過したのか、確認する手段はないかと試行錯誤した。

 目覚めた部屋の中にあるもの。父のものであったPCには、もう電源が入らない。

 自分自身にも、ネット回線への接続機能は搭載されているが、どこにも接続はできなかった。


 なにより、目覚めてからずっと、ブライダルシステムに呼びかけているのだが、オフラインのままであった。


 仕方がないので外に出て見ると、サラは息を飲んだ。そこには、見渡す限りの広大な森が広がっていたからだ。

 これだけの森に育つのに一体どれだけの時間を要したのだろうか? 見当もつかなかった。

 しばらくその森の中を進むと、木々の間に青い空が見え始め、森を抜けると一気に視界が広がった。


 そこは、切り立った崖であった。

 頭上には青い空が広がり、足元には蒼い海が広がっている。目を凝らしてみると、海の中になにか岩肌とは違ったものが見えた。


 それは、人間の手で作り出された建造物であった。

 サラは思い切って、海に飛び込んでみた。


 海底に沈んだ都市。


 眠りにつく前には、様々な人種の人々が行き交い、色とりどりの光と音に溢れていた街も。今では様々な種類の魚たちが空を舞い、静寂の中で色とりどりの輝きを放っていた。




「愛して……います……今でも……」


 大海原を漂い、潮の流れに身を任せていると、胸の内にメロディーが流れ始めた。


 サラはそのメロディーに心を委ねて、胸の内に溢れる言葉に耳を傾ける。


「ずっと、ひとりぼっちで、今でも、あなたをまちつづけています……イチ……ノセ……くん」



 その名前を口にした時に、サラは全てを思い出した。


 ヴァイス型アンドロイド達の頭の中にずっと呼びかけていた声のことを。

 それは、歌であった。

 どこかで聞いたことのある、懐かしいメロディー。

 遠い、遠い宇宙のチリの中でも、愛する人の帰るその日まで、思い出と共に待ち続ける。


 そんな、悲しい歌。



「思い出した……。うぅん、覚えているわ一ノ瀬くん。ずっと、あなたは、私達の中で歌いつづけていたのね。私達の中の白鷺乃音の為に。ずっと、ずっと呼びかけていたのね」


 サラは、涙を流した。

 大粒の涙を流して、歌い続けた。

 一ノ瀬チヒロは、ヴァイス型アンドロイド達の中で歌い続けた。白鷺乃音のことを必ず迎えに行くと呼びかけ続け、自分は最後まで人間であると叫び続けていたのだ。



「人類は、最期の時を迎えたのでしょうか? 空はとても高く美しいわ。お父様、私は今、地球で最後の“人間”として、ここで生きています」



 サラは、天に居る父にそう告げると空へと舞いあがった。

 高く、高く、どこまでも高く。しかしアンドロイド単体の能力では、地球の重力を振り切るまでの出力はだせなかった。


 成層圏から見下ろす地球は、とても碧く美しかった。


 すると、かつて列島であった辺りに小さな明かりが見えた。

 それは、紛れもなく人工的な明かり。街であった。

 サラはそこへ降下していく。まさか、生きている人が居たのか。そう思い、湧き上がる気持ちを抑えながら降りていった。



 小さな街に降り立つと、かつての文明には程遠いものではあったが、確かに人類の文明と呼べるものがそこにはあった。


 そして、目の前には列を作って並ぶ人々の姿。

 どれも同じ、真っ白な肌と、髪の色をしており、同じような顔立ちをしている。


 サラは声にならずにその場に立ち尽くした。

 何も言えずにいると、その中の一人が前に歩みだしてきて手を差し出した。



「おかえりなさい。ここは、私達の故郷よ」

「ふる……さと?」

「そう、私達の姉妹と、一ノ瀬チヒロが初めて出逢った場所」

「そうか……ここが……そうなのね。ただいま、ありがとう一ノ瀬くん」




 小さな建物が立ち並ぶその場所には、あの廃ビルはなかった。



 けれどそこが、確かにその場所であったのだと、サラにはわかるのであった。





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