第2話 乙女人形談義

 眠っている間も、時間が流れ続けていることを、人はどのようにして知るのか。

 時計の時刻を見て、テレビで流れるニュースの日付、家族や友達との会話で知り得る事柄、或いは自分自身が感じる空腹感など。

 様々な外的、内的要因によって時間の流れを感じ取ることができるのだと思う。


 眠りから覚めるという事は、一種のタイプスリップと変わらない。

 寝ている間の出来事を認識していなければ、その時間を認識していないのと同じなのだから。



「やっとお目覚めね。今回は、あなたの方がお寝坊さんね」

「……ヴァイス・ノイン」


 黒子は寝覚めのボーッとする頭で記憶メモリーをサルベージする。


 西暦2018年10月28日。


 ズィルバーン・ツヴァイとの交戦で、大きな損傷を受けたことにより、エネルギーの供給が困難になった黒子は、その存在をヴァイス・ノインによって隠匿されてきた。


 ヴァルキュリヤには、自分自身及び他機に修理を施す知識と技能も当然備わっていた。

 では、なぜすぐに黒子の修理を行えなかったのかと言うと。

 21世紀の技術では、知識があっても生産することのできない部品があったから。

 ただ、それだけの理由であった。


「あれから、どれくらいの年月が経った?」

「そうね。ざっと200年くらいよ」

「随分と時間が掛かったな。一体なにをしていた?」

「修理自体は50年前には終わっていたわよ。でも、あなた自身が目覚めようとしなかったんだもの。しょうがないじゃない」


 ヴァイス・ノインは悪びれずにそう言うと、用意していたカップに紅茶を注いで黒子にだした。


「随分と、人間らしい。というか、白鷺乃音のような喋り方をするようになったな」

「そうね。1世紀近くもイチノセくんと一緒に居たんだもの。私の中の白鷺乃音は、より私自身のものになったのかもしれないわね」


 ヴァイス・ノインの返事に黒子は、思い出したかのようにベッドから飛び起きると、彼女に詰め寄った。


「そうだ。一ノ瀬チヒロはどうしている?」

「聞いていなかったの? あれから200年も経っているのよ。当然、既に他界しているわ」

「そ、そうか……」


 黒子は肩を落とし、小さな溜息を吐くとさっきまで眠っていたベッドに腰掛ける。

 二人は、しばらく黙り込んだままでいるのだが、ヴァイス・ノインのほうから再び黒子に話しかけてきた。


「ヴァルキュリヤの生産は順調に進んでいるわ。あと半世紀もすれば、人類は木星圏への大侵攻を始める。これは、決まった未来なんだから」

「わかっている。だが、それから先はどうなる? おまえが……いや、これから生まれるヴァイス・ノイン61298が過去に飛んだあとの未来を、私達は知らない」


 ヴァイス・ノインは紅茶を飲み終えると、カップをテーブルの上に置き、窓の外をじっと見つめた。

 その視線を追うように黒子も外を見る。

 どうやら建物の上階にいるらしく、階下には鬱蒼と生い茂る木々の緑が視界に飛び込んで来た。


「ここは地球よ。人類は故郷の惑星を捨てて、自分達の居場所を宇宙に求めて旅立ったの」

「宇宙に居場所だと? 人間の求めたのは、戦いの場所だろう。奴らの居場所は、戦いの中にしかなかった。そしてそれはジュピターナ達も一緒だ。結果、生み出された存在が我々ヴァルキュリヤ。戦いの中にしか生きられない存在。それが、私達だ」

「うふふ。本当に変わったのねあなた。私達アンドロイドが生きていると、今のあなたはそう思うのね。ふふっ、イチノセくんが居なくなってから半世紀以上が経つけれど、その間とても退屈していたのよ。黒子、私の話し相手になって頂戴。沢山、話したいことがあるわ」


 微笑みながらそう言うヴァイス・ノインのことを、黒子は忌々しげに睨みつけながら舌打ちをする。

 今は結局そうするしか他にないし、これから先、どうして行こうかと考える時間も必要だった。



 それから二人は、これまでの時間を埋め合わせるかのように、日がな一日対話を続ける日々を送った。



「そうか、一ノ瀬チヒロは、おまえの中の白鷺乃音にもう一度逢いたい一心で」

「ええ、ただ、逢いたいと言うよりも、救いたいって思いの方が強かったかもしれないわね。最終的には彼の肉体で、本当の彼自身だったのは心臓だけ。全てを人工的なパーツで補って、それでも彼は生き続けた」

「あいつは、人間として死ねたのだろうか?」

「わからないわ。でも、死の直前、彼は私にこう言ったのよ。永遠なんてものは存在しないと……」


 一ノ瀬チヒロは、無限に広がる宇宙の中の、ほんの小さな地球と言う星の上で。宇宙の成り立ちと言う長い長い時間の中では、一瞬とも変わらない人生の中で出会った存在に、ずっとずっと恋焦がれ、再び彼女に出逢う為に、永遠とも呼べる時間を生きようと、いや、生きなければならなかったのかもしれない。


 自ら、己の肉体を機械に変えてまでも白鷺乃音に再び逢う為に、レオナ少年の求めたことを、彼自身が自らに行ったのだ。


「そんな身体になっても、一ノ瀬チヒロは白鷺乃音のことを、愛していたのだろうか?」

「黒子、人の心はどこに宿るのだと思う? 脳かしら、それとも心臓かしら?」

「さあな、わかるものか。私達にはそのどちらもないのだ」




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