第4話 一ノ瀬チヒロは動揺する
あの後、佐藤君も松山さんも、何事もなかったかのように普通に天体観測をしていた。
白鷺さんも、いつものように夜空を見上げながら、後輩たちにB級SF映画の話をしている。
クラスメイト達が相手だと、もううんざりしながら聞いてくれないのが、なにも知らない後輩達は真面目に白鷺さんの言葉に耳を傾けている。
と言うか、白鷺さんの美貌にうっとり見入っているようなので、まあこれはこれでいいかな、なんて俺は思った。
そして、ようやく空がうっすらと白み始めると屋上へと上がりこの合宿の仕上げ。
日の出を拝んで先輩達の旅立ちを祝福する、というフィナーレとなるのが恒例らしい。
機材を纏めていそいそと屋上へ行くと、東の空を見つめる。
朝焼けで赤くなり始める空がとても綺麗だ。
俺は隣に居る白鷺さんのことを横目で見ると、白鷺さんもその美しさに見惚れているようで、白い頬が朝焼けに照らされる彼女はとても綺麗だった。
白鷺さんは、佐藤君に告白されてどんな風に思ったのだろうか?
断ったという事は、佐藤君のことは恋愛対象には見ていないという事だろうけど。そもそも白鷺さんはそういうこと自体に興味があるのだろうか?
ヴァイス・ノインの思考が白鷺さんと一つになり。彼女は人としての感情の一部がすっぽりと抜け落ちてしまった。そんな風なことを言っていた。
それでも白鷺さんは、感情を大きく表に出すことはないけれど、決して感情がないわけではない。
少なくとも彼女と一緒に居たこの半年間、俺は白鷺さんの様々な一面を見てきた。
そんな彼女に俺は……。
「綺麗ね……」
「え?」
唐突に話しかけられて俺は一瞬返答に困るのだが、すぐに日の出の事だと気がつき答える。
「あ、そ、そうですね。最近はめっきり初日の出でさえ見るのが億劫だったので、こんな風に日の出を見るのは久しぶりです」
「そうね。私も、お日様をこんな風に見れるのなんてこの瞬間くらいしかないから、太陽ってこんなにも綺麗なものだって忘れていたわ」
そう言いながらも、白鷺さんは既にもう大分眩しいのか、目を細めながら手で庇を作って空を見つめている。
「白鷺さんは、その……」
「なあに? 聞きたいことがあるのならハッキリ言いなさいな」
「いやその。なんと言うか」
やっぱり言えない。
白鷺さんは、好きな人がいるのか?
などと聞く勇気は俺にはなかった。
そもそも、このタイミングでそんなことを聞くなんて、さっきの佐藤君とのやりとりを盗み見してましたと告白するようなもんじゃないか。
そんな煮え切らない俺の態度に、白鷺さんはなんだか少し苛々した様子。
小さく溜息を吐くと、突然俺の耳元で白鷺さんは囁いた。
「今度は、二人で見に行きましょうか?」
その言葉に俺は驚き、返事をすることもできずに真っ赤になっていると。白鷺さんは、悪戯な笑みを浮かべた。
からかわれただけなのだろうか? それとも……。
日の出参拝の儀式も終わり。
後輩達から先輩達へ、一足早い送辞が送られると一本締めで今回の天体観測合宿は終わりを迎えた。
「はーい、それじゃあ皆気をつけて真っ直ぐ家に帰るように。これからカラオケとか行こうとしているそこの2年生! 寄り道は禁止だからねっ!」
高坂先生に注意されると、生徒たちは、ちぇーっと舌打ちしながら帰り支度を始めるのであった。
そして、俺達も帰ろうと身支度を始めるのだが、白鷺さんが急にしゃがみこんでしまった。
「白鷺さん?」
呼びかけるのだが返事がないので、俺もしゃがみ白鷺さんの顔を覗き込むと、とても苦しそうな表情をして胸を押さえている。
「し、白鷺さん!? どうしたんですか? 具合でも悪いんですか?」
「だ、大丈夫よ……。少し……めまいがした……だけ」
言いながら白鷺さんは倒れ込んでしまった。
誰かが先生を呼ぶ声が聞こえる。先生が駆け寄って来ると、すぐに白鷺さんを楽な体勢に寝かせて毛布を持ってくるように指示をだしていた。
何度か名前を呼びかけると、先生は生徒の一人に直ぐに救急車を呼ぶように指示を出し、その横で茫然としている俺に何かを叫んでいるのだが、俺にはその内容を理解することが出来なかった。
その瞬間、思いっきり頬を平手打ちされる。
「チヒロっ! しっかりしなさい! 彼女の手を握って、呼びかけてあげなさい!」
言われるままに白鷺さんの手を握り呼びかけると、弱々しく白鷺さんは手を握り返してきた。
佐藤君と松山さんが、念の為にとAEDを持って来ていて準備をしている。
そんなに緊急を要することなのだろうか? 白鷺さんの具合はそんなに悪いのだろうか?
俺はもうパニック状態でわけがわからなかった。
ただただ、救急車が到着するまで白鷺さんの手を握り、名前を呼び続けているだけしかできなかった。
救急隊員が到着すると、白鷺さんは担架に乗せられて、先生と一緒に病院へと向かった。
動揺する1~2年生達に、佐藤君は指示を出して帰宅するように言っている。
その間も茫然とする俺のことを松山さんがずっと気にかけていてくれた。
そして、そこからどこをどう来たのかは覚えいない。
這う這うの体で家に返ってくると、俺はベッドに突っ伏して嗚咽が止まらなかった。
「白鷺……さん」
つづく。
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