第6話 プライマリーカラー

 年が明け、春を過ぎ、新緑の芽吹き始める5月の始め頃。

 その頃にはレオナ少年もリハビリを終え、退院の日を迎えようとしていた。


「今までお世話になりました」

「レオナ君、よく厳しいリハビリにも耐えてこの一年間頑張ったわね。これからも、辛い事や大変なことが社会に出たら待っているかもしれないけれど。皆があなたの支えになるってことを忘れないでね。退院おめでとう」


 見送りの看護師や医師たちから花束を受け取ると、レオナはお礼を言って頭を下げた。


 レオナのことを迎えに来ていたのは、事故を起こした航空会社の社員。病院のエントランス前に黒塗りの車を回してくると、レオナを乗せてゆっくりと走り出した。

 スモークの入った後部座席窓ガラスから、レオナが名残惜しそうに外を見ているので運転手が話しかける。


「やはり、お別れは寂しいものですか?」

「いいえ、そういうわけではないのですが……」


 レオナは、見送りの中にドクターイチノセが居ないことに、少なからずショックを受けていた。

 しかしそれも仕方のない事。ドクターイチノセは、神の腕を持つと呼ばれているスーパードクターだ。きっと今日も、誰かの命を救う為にメスを振るっているのだろうと思うことにした。


「それで、これから僕はどうすればよいのですか?」

「レオナ様のこれからの人生は、弊社が全責任をもってサポートさせて頂きます。衣食住から、ご進学先のこと、そしてご就職。すべて我々にお任せください」

「随分と至れり尽くせりなんですね……」

「当然のことです。弊社は、あの事故で428名の尊い命を奪い。そしてレオナ様の人生までも奪ってしまった。このようなことで償いになるとは思っていませんが、せめてレオナ様のこれからの人生を取り戻せるように、尽力させていただきたいのです」

「なるほど……。でも、なにもかもあなた方に面倒見てもらっていたら、それは僕の人生だと言えるのでしょうか? 体の殆どを新しく作り変えられて、人生設計までも他人に委ねる。それで本当に生きていると言えるのでしょうか?」


 レオナの質問に運転手は、自分には解りかねる事ですとだけ告げて、それ以上はなにも言わないのであった。



 車の行き着いた先は郊外にある大きなお屋敷であった。

 敷地もどれくらいあるのだろうか? 見渡す限りが全てレオナに与えられた土地だと言うのだから、正直レオナは不安になっていた。

 いくら大きな事故の被害者だったからといって、こんな賠償の仕方があるのだろうかと、まだ世間を知らない高校生でもおかしいと思ったのだ。


 しばらくはここでゆっくりと自分の時間を過ごしてくださいと言われても落ち着かない。

 運転手は別の仕事があるからとその場を離れ、その内メイドロボがやってくるのでそれまで自由にお屋敷を使っていいと言うので、レオナは敷地内を散策することにした。


 サッカー場が三個ほども入りそうな広い庭を歩きながら、遠い山の端を見つめる。


 世界は今も色を失い、モノクロのつまらない世界であった。

 レオナは、この感覚がもうずっと癒えることはないのだろうと半ば諦めていた。

 入院している間、どんなにそれを嘆き喚き散らそうとも、誰もがその内良くなるからと相手にはしてくれなかった。

 自分の見ている世界が、どれ程無機質で、暗く寂しいものなのか、誰にも理解して貰えなかったのだ。


「ここに居れば僕は一生、これから何不自由なく生活できるのかもしれない。いっそのこと、ここで死んだように生きていくのもありかもしれないな……」


 芝生の上に寝転びそう呟くと、なんだか無性に可笑しくなり笑い転げ涙が止まらないのであった。





「……さま……。……ナ様」



 誰かが、呼ぶような声が聞こえる。


 いつの間にか寝てしまっていたようだ。


 レオナは自分を呼ぶ声で目を覚ますと身体を起こし声の主の姿を確認した。


「レオナ様。どこかお具合でも悪いのですか?」

「いや、そういうわけではないけれど、あなたは誰ですか?」


 欠伸を一つ零し、目を擦りながら相手を見た時、レオナは驚きのあまり固まってしまった。

 美しい、とても美しい女性が自分の傍らに座り、心配そうに顔を覗きこんでいたからだ。


「私は、レオナ様のお世話を仰せつかったお手伝いロボットです」

「ロ、ロボットだって? そんな、君はどこからどう見たって人間じゃないか? しかもとびきりの美人だ」

「まあ、レオナ様はとてもお上手でいらっしゃるのですね」


 お手伝いロボットは手を頬に当てると恥ずかしそうに赤面する。

 レオナはからかわれているのかと思い、少し不快な気分になるのだが、それでも久しぶりに見た人間の姿、それも美しい女性の姿に心が安らいでいくのを感じていた。


 あの日、飛行機事故でなにもかもを失った。


 花や草木は色彩を失くし、動物や人ですら泥人形のように映るこの目に、目の前に人が居ると言う事実だけがレオナにとってはなにものにも代えがたいものであった。



 つづく。

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