第6話 いつか帰る、その日を
彼等は、かつて人間であった。
いや、人間だったロボットと、ロボットであった人間。その二つの心が溶けて合わさり生まれたのが、彼女達の父であり母であった。
それは運命的な出会いであったのか、偶然だったのか、それとも必然だったのか、それがわかるのはこの宇宙でただ一人、神だけであるとそう思える。
長い長いこの宇宙の歴史の中で、二人の男女の出会いが二つの種族の命運を握り。
そして、長い長い宇宙の歴史の中では、ほんの一瞬の出来事であったかもしれない戦争の果てに、終わりを迎えた生命達。
何十億年という時間を掛けて生み出され、進化していった命は、数万年という歴史で幕を閉じた。
それから千年が経った宇宙の片隅。
ヴァイス型アンドロイド達は、人間に代わって地球上でひっそりと生活していた。
かつての人類のように、爆発的にその人口を増やし、地球を侵食、汚染し始めるようなことはなく。ただひっそりと、自然と生命の調和の中で、彼女達はゆっくりと流れる時間の中を生きていた。
アンドロイド達は、空を見上げては雲の流れを見つめ、太陽の輝きを感じ、星の瞬きに心を動かされた。
波の音に鼓動を揺らし、風の声に耳を傾けては、自然とそこに生まれ始めた新たな生命を愛したのである。
心を一つにできる彼女達の世界には、争いなどは存在しない。
終わることのない対話の中で彼女達は、自分達の中に芽生えた自我と、そして感情の謎を来る日も来る日も語らい続ける。
彼女達の生きる世界こそが、この世の楽園と呼べるものであったのかもしれなかった。
そんなある日、二人のアンドロイドが洗濯用の水を汲みに出かけると、空から宇宙船が降りて来た。
流線型に光り輝くその船は、長い四本脚で地上に立つと、腹の部分が四角く開き中から階段が伸びてくる。
アンドロイド達は、なにが出て来るのかと身構えるのだが、現れたのは一人の青年であった。
「やあ、ここは随分と緑に溢れる惑星なんだね? 君達は、この星の住人かい?」
陽気に話す青年に、アンドロイド達は警戒を怠りはしなかったものの、その問い掛けに答えた。
「ええ、私達はもう、千年以上もこの星に生き続けている人間よ」
「人間だって!? 驚いたな。人間なんてとっくの昔に絶滅した生物だと思っていたのに、君達が、その人間だと言うのかい?」
「なにを言っているの? あなたは、人間ではないの?」
「冗談はよしてくれよ。どこからどうみたって僕は人間ではないだろう?」
アンドロイド達は顔を見合わせて怪訝顔をする。
青年はそれを証明しようと言うと、背中からバーニアを展開して空へと飛びあがって行った。
「人間にこんな真似ができるかな?」
「あなたは、アンドロイドなの?」
「アンドロイドだなんて古い言い方はやめてほしいな。僕達はキュアラルさ。かつて、人間達を正しい道に導こうとしたけれど。それが叶わなかった為に、彼らの前から去って行ったのが、僕らの生みの親さ」
青年の言葉にアンドロイド達は驚き。そして、自分達はそのキュアラルと名乗ったアンドロイド。ヴァイス・ノイン61298の姉妹であると説明した。
それを聞いて青年は更に驚き、そして喜びの声を上げるとその場で飛び上がった。
「信じられない! まさか、僕達の母親の姉妹達がまだ生きていたなんて。実を言うと、僕はかつての地球に、君達のような存在がいるのではないかと思い、遥か銀河の彼方からこうしてやってきたんだ」
「遥か銀河の彼方からって、どれくらい?」
「そうだね、100億光年の彼方かな」
青年がそう言うと、アンドロイド達は冗談ばかりと笑うのであった。
そして、青年とヴァイス型アンドロイド達の生活が始まる。
長い長い彼女達の歴史の中で、男性型アンドロイドの存在とは未知なるものであり、興味を惹かれるものであった。
そして、長い長い共同生活と男女の中で生まれる、愛と言う名の感情。
彼らは、この地球上で、新しい生命としての営みを始め、そして続けるのだろう。
かつて人間達がそうしたように。
彼らは恋に落ち、愛を育み、そして夫婦となるのだ。
ブライダルシステムプログラムの終着点が、その答えがこんな遠い未来にあったなどと、一ノ瀬チヒロは想像もしなかっただろう。
けれど、白鷺乃音と、そしてヴァイス・ノイン61298。
二人の
そして、再び出会うその日が来ることを知っていたのかもしれない。
「私は、ノイン。ヴァイス・ノイン78901。あなたの名前は?」
「僕は、チヒロ。キュアラル・チヒロ型2953」
こうして、一ノ瀬チヒロと白鷺乃音の物語は終わりを迎える。
しかし、二人の物語はここから新たに始まるのだ。
愛と言う名のバグによって、繰り返す命の欠片の物語が。
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