第8話 一ノ瀬チヒロと青空

 俺のことをお姫様抱っこのままの状態で飛行するヴァイス・ノインは、前方で高速のドッグファイトを繰り広げている黒子とズィルバーン・ツヴァイに接近していく。

 黒子は先程よりも更にダメージを受けており、右手首から先を失っていた。


「シュバルツ・ドライツェン、私が奴を引き付けるから援護しろ!」

「なっ!? ヴァイス・ノイン! 目覚めたのか!?」


 驚く黒子を尻目に、ヴァイス・ノインは敵のレーザーを掻い潜りながら接近していく。

 それを見た黒子が援護射撃を行うと、ヴァイス・ノインは一気に適との間合いを詰めて強烈な蹴りをお見舞いした。

 蹴り飛ばされたズィルバーン・ツヴァイが、凄まじい勢いで斜めに傾いている廃ビルの屋上に落下すると、体勢を整える為にヴァイス・ノインと黒子はその場から離脱するのであった。


 しばらく飛んで降り立った場所は海岸であった。


「大丈夫だった? イチノセくん」

「なんだか、女の子にお姫様抱っこをされるのは釈然としないですけど、とりあえず無事です」


 なぜだか白鷺さんと話しているような気分になり、つい敬語になってしまう。

 砂浜に降り立つなり、その場に座り込んでしまった黒子。まあ、左足がないのだから仕方ないのだが。

 黒子はヴァイス・ノインのことを見上げながらなんだか少し不満気な様子だ。


「ようやくお目覚めか。どんだけお寝坊さんなんだおまえは」

「シュバルツ・ドライツェン142……。今は黒子って呼んだ方がいいのかしら?」

「ちっ、好きに呼べばいい……」


 そう言う黒子はなんだか不服そうに俺のことを睨んでいる。

 きっと今では黒子も、ヴァイス・ノインのことを破壊しようだなんてことは考えていないと思うのだが、俺は念の為に黒子に探りを入れることにした。


「黒子、その……ヴァイス・ノインのことは」

「あああああああっ、わかっている! 今はそんなことをしている場合じゃないだろう! 来るぞ、ヴァイス・ノイン!」


 黒子の言葉に、ヴァイス・ノインが水平線の向こうをじっと見据える。

 そして俺の方へ振り向くと、無表情のままで笑った。


「イチノセくん。行って来るわね」


 そう言うとヴァイス・ノインは黒子と二人、海岸線に並び立った。


「おまえと共闘することになるとは思わなかった」

「私もよ、黒子。今ではすっかり、あなたの方が“本物の人間”らしく見えるわ」


 ヴァイス・ノインの言葉に黒子が笑うと、二人はズィルバーン・ツヴァイを迎え撃つ為に飛び立つのであった。



 そして……。



 ヴァイス・ノインの目覚めたその日。


 白鷺さんは……。




*****




 病室のベッドの上に横たわる白鷺さん。

 地下で初めてヴァイス・ノインを見たあの日、俺は何がなんだかわからなくて、どうして目の前に白鷺さんが二人いるのかと驚いてしまって、そんなあの日の出来事が脳裏に浮かぶ。


 白鷺さんの容体は至って安定していた。

 このままなら特に命に別状もないだろうと医者は言っている。

 あとは意識を取り戻すのを待つだけだからと……。


 白鷺さんのご両親。とは言っても、飛行機事故でご両親を亡くした白鷺さんを引き取った親戚なのだが。俺はそのご両親に頭を下げると病室を後にした。


 病室から出ると廊下には高坂先生と松山さんが待っていた。

 どうして松山さんが居るのか尋ねると。どうやら、白鷺さんと最後に話していた時に、彼女が意識を失ってから電話に出た看護師さんが、松山さんの母親だったらしい。そして、偶々病院に来ていた松山さんが先生に報せたと言うのだ。


「チヒロ、大丈夫なの? 心配したのよ。冬花はすぐには来れないけど、こっちに戻ってきているわ。今まで一体どこでなにをして……」

「大丈夫だよ律姉ちゃん、心配かけてごめん。松山さんも、ありがとう」

「うぅん。私は偶々居合わせただけだから。白鷺さん、早く良くなるといいね」


 俺はその言葉に頷き、そうだねとだけ返事をした。

 今日はもう疲れたから家に戻ると言うと、律姉ちゃんが家まで送ると言うのだが、一人で大丈夫だからと俺は病院を後にした。



 時刻はもう、朝の11時を廻ろうとしていた。

 あの後、俺は黒子とヴァイス・ノインの帰りを待ったのだが、二人は夜明けになっても戻って来なかった。

 スマホの位置情報で現在地を確認して、電子マネーアプリを使って俺はなんとか自分の街まで戻り、真っ先に白鷺さんの元へ駆けつけたのだ。


 帰りの電車の中でネットを見ると、あの廃ビルのことがニュースになっている。

 古くなった廃ビルが倒壊したのだろうとか、下を通っていたガス管が爆発したのだろうとか、まるで見当違いのニュース。まあ、本当のことなど誰も知る由などないだろう。


 外を見ると今日は快晴であった。

 窓一面に広がる青空は、まるで今までのことが全て夢だったのではと、そう思ってしまうほどに透き通っていた。


 白鷺さんと一緒に見上げた夏の空も、こんな風に青かった。

 あの日はもっと暑かったけれど、俺はそんな空をこうして一人見上げている。

 

 いつしか、その青が滲み始めると、俺の頬を涙が伝った。


 平日の昼間で、乗客は疎らであった。


 そんな中、人目も憚らず俺は泣いた。



 白鷺さんはもう目覚めない。


 白鷺さんの意識はヴァイス・ノインと一つになり、溶けて消えてしまったのだと。そう思うと、俺は涙を堪えることができないのであった。



 つづく。

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