第4話 十三番目黒子は警戒する

 初夏を過ぎ、7月の終わり頃。

 期末テストを終えると夏休みがやってくる、1ヶ月強の長期休みは学生の特権だ。

 社会人になったらお盆の間の数日しか休めないとか信じられない。


 白鷺さんに告げられたあの衝撃の二日間から、特に変わったことは何もなかった。

 あの事実を知って、俺はなにをすればいいのかと聞いたところ。今は特になにもしなくてもいいと言われて、あれからは一度もあの廃ビルには行っていない。

 あれから白鷺さんとはどうなったかと言うと、まあそれなりに良好な関係は続いていると思う。




「こんどの土曜日。丸の内で遊星からの物体Xのリバイバル上映があるらしいの、一緒に見に行きましょう一ノ瀬くん」

「べつにいいですけど、DVDじゃダメなんですか?」

「駄目よ。劇場の大スクリーンで見るからいいんじゃない。ねえ、あなた。あの映画のラストシーン、生き残った二人は果たして人間なのかそれとも、『それ』に乗っ取られてしまっているのか。どちらだと思う?」

「さあ、どっちでしょうね。でも、そういうのって、明確な答えが出ないからこそおもしろいのかもしれませんよね」


 俺がそう答えると、白鷺乃音はまた無表情のまま俺の顔を覗き込み。


「そんなのつまらないわよ。だって……」


 そう言うと、スカートの裾を翻しながらくるりと廻って言った。


「だって、宇宙人は本当にいるのだから」


 校舎の屋上で、白い日傘を差しながら空を見上げる白鷺さんはとても眩しかった。


 彼女の周りは全てが輝いて見える。

 そこに居るだけですべてが眩しく色鮮やかに見えるのだ。


 そして、色彩豊かな世界の中で真っ白な彼女はより際立って美しく見えると、俺はそう思った。


「なにを呆けているの一ノ瀬くん?」

「え、いや。ははは、暑いなぁって思って」

「当たり前じゃない。もう世間は夏よ。明日から最後の夏休みなんだから、ちゃんと青春を謳歌しなくちゃ」

「最後って、大学に進学すればあと四年間は夏休みありますよね? 白鷺さんは就職するんですか?」


 俺の問い掛けに白鷺さんはつまらなそうな顔をすると、野暮な突っ込みはするなと不貞腐れるのであった。


 いつも表情を変えないと思っていた白鷺さん。

 こうやって一緒に居る時間が長くなってくると、それなりに変化があることがわかってきて。今なにを思っているのか、楽しんでいるのか、怒っているのか、悲しんでいるのか、なんとなくわかるようになってきた。

 クラスメイトにそれを話すと、「そうかあ? 全然わからない」と返されたが、あいつらには見る眼がないんだと思う。


 白鷺さんはああ見えて、とても感情豊かで女の子らしい一面も持っているのだ。

 一緒に映画を見ている時なんかも、楽しいシーンでは笑うし、悲しいシーンでは悲しげな表情を見せる。ほんの少しだけだけど、口元や目元などを見ていれば、その細やかな感情の機微などが見て取れることを、誰もしらないんだ。


 そんなことを思いながら、ふと白鷺さんの方を見ると、なにやらスマホを弄っている。

 そして操作を終えると俺の方へ振り返り唐突に告げた。


「さ、それじゃあ行こうかしら一ノ瀬くん」

「え? どこにですか?」

「決まってるじゃない。映画館よ」

「え? 今度の土曜日じゃなかったんですか?」

「それは遊星からの物体Xのほうよ。今日はプレデターの新作を見に行きましょう。もうチケットは取ったから、急がないと13時10分からの上映に間に合わないわよ」

「えええええ、昼飯はどうすんですかあ。白鷺さん上映中は飲食禁止派じゃないですかあ」

「そんなの我慢なさい」


 なんだかんだと白鷺さんの後について行く俺。

 今日もこんな感じで、照りつける夏の日差しがとても暑かった。



 映画を観終わって、適当なファストフード店で遅い昼食を終えると、この後は用事があるからここでと言って白鷺さんは家とは逆方向の電車に乗っていってしまった。

 いつもこんな感じで別れ際もあっさりなので、もう少し名残惜しそうにして欲しいな、なんて思いつつも、まあ別に付き合っているというわけでもないししょうがないよね。


 溜息を吐きながら家路に着く途中、自宅の最寄り駅で降りると見慣れた人物が、改札を出たところでキョロキョロしながら何かを警戒しているように見えた。どう見ても不審人物である。


「おーい黒子ぉ。こんな所でなにしてるんだ?」

「む? なんだ、一ノ瀬チヒロか。馴れ馴れしく声を掛けてくるから、危うくぶん殴るところだったぞ」


 黒子は真っ黒なセーラー服を着ている。

 こないだまで知らなかったのだが、こいつも女子高生だったらしい。

 まあ、白鷺さんの黒髪バージョンみたいなものなので美人ではあるのだが……。


「おまえ、なんでこの暑いのに冬服なんだよ。てーか、衣替えしなくていいのかよ」

「馬鹿か貴様は。私の装甲は3000度の熱にも耐えられるように出来ているのだ。たかだが30℃前後の気温でどうにかなるわけないだろう」


 いや、そういう意味で言ったんじゃないけどな。


 俺が呆れていると、黒子は突然腕に絡みついてきて身体を押し付ける。


「な、なんだよ急に?」

「いいから、このままでいろ。面倒なやつらがやってきた」


 黒子の視線を追うと、どう見てもDQNな輩達がぞろぞろとこちらに向かってやってくるのであった。



 つづく。

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