Episodio 17 「決着」

「よお、遅かったじゃねえか。 ダニエラなら俺の隣で寝てるぜ?」


 いつもダニエラとバルトロメオが使うホテルの、いつも使っている部屋のベッドにその男はいた。

 カーテンで仕切られた暗い部屋で微かに灯りとなってくれている間接照明にレオンの顔が深く影を落としている。

 バルトロメオは銃口をレオンに向けたまま、一歩一歩間合いを詰めていく。


「2回目だ、2回目だ、レオン。 オレの女を横取りするのはそんなに楽しいか? えぇ?」


「女を気持ちよくしてやるのが男の仕事だろ? それを放棄された可哀相な美人を俺が代わりに慰めてやっただけさ」


 レオンの頬に、赤い線が走った。


「あまり偉そうな口を叩かないほうがいいぜ、次はそのご自慢の顔にケツの穴をつくってやる」


「バルトロメオ、これが最後のチャンスだ。 うるわしの純白会と何の取引をしていた? 奴らとはどこで接触していたんだ? 答えろ」


「寝ぼけたこと言ってんじゃねえぞ、お前はここで死ぬんだよ、あぁ、最初っからこうすれば良かったんだ、お前の屈辱に満ちた死に顔が拝めねえのは気がかりだがな」


 額に銃口を突きつけるが、レオンはそんなことお構いなしに煙草を吹かしている。

 惨めで、屈辱的で、この世に生まれてきたことを後悔させるほどの苦しみをたっぷり与えてから殺す予定だったが、これ以上レオンが生きていると邪魔にしかならない。

 難易度を下げることは仕方ない、とバルトロメオはそこまで欲張ることを諦め今、レオンを殺さなければならないと決意したのである。


「せいぜい地獄で懺悔しろ!」


 刹那、視界は衝撃と共に真っ白になった。

 引き金は引いたが、後ろに倒れてしまった為、銃口はあらぬ方向を向いている。


「寝てるのは僕だよ、好いた女も見分けられないわけ?」


 レオンの隣で丸くなって眠っていたのは、ダニエラではない。

 シュンだったのだ。

 シュンはバルトロメオがこちらに十分近づき、完全に油断した瞬間を見計らい被っていたシーツで相手を目隠しし、無防備になった所を撃ち込んだのだった。

 と偉そうに言ったものの、手は震え1発目は外してしまい、レオンに支えられ2発目以降なんとか命中させることができたのだった。

 床に倒れたバルトロメオを、シュンは全速力で走った時よりも力強く鼓動する心臓をおさえながら、呆然と見つめた。


「ごめん、レオン。 1発目外しちゃった」


「最初は誰でも失敗する、銃の持ち方・角度は悪くなかった。 経験を積めば十分使える」


「ありがとう・・・・・・」


 腰が抜けてしまい、動けないことは黙っておこうとシュンは思った。

 レオンはベッドから降りて、シーツを取り去り、呻くベルトロメオに銃口を向ける。


「腹に2発、右大腿部に1発。 どうする、早く救急車呼ばねえと死んじまうぜ?」


「クソッ・・・・・・げほっ、誰がお前なんかに話すか・・・・・・!」


 レオンは無言で銃をしまい、代わりにサバイバルナイフを取り出して、バルトロメオの右大腿部に出来た銃創を広げるようにナイフを突き立て引き裂いていく。

 大の大人の悲鳴に、シュンは思わず耳を塞いでしまった。


「質問に答えなかったら、今度は蝋をたらし込んでやる。 もう1度聞くぜ、うるわしの純白会と何の取引をした? 奴らとはどこで会っていた?」


「ぐう、うう! くそう、くそう! あいつらとはジャコポの紹介で知り合ったんだ! オレは知らねえよ!」


「何の取引をした?」


「儀式に使う生け贄を探してたみたいだったから、おめーの腰巾着を生け贄にしてやるってジャコポが、ジャコポが言ったんだ! オレじゃねえッ」


「奴らはどこにいる?」


「待ち合わせはフィレンツェマルテッリ通りの26番のバールに22時だ! いつもその時間と場所だった! くそう、いてえ、いてえっ! くそおお」


 レオンはバルトロメオの鳩尾に拳を叩きつけると、途端に静まりかえった。

 シュンはなんとかおぼつきのない足取りで、レオンの傍によりバルトロメオの顔を覗き込んだ。

 胸が上下に動いているので、まだ死んではいないらしい。


「どうする? 救急車呼ぶ?」


「しばらく病院で大人しくしててもらえ」


 シュンは携帯で救急車を呼んでいる間、レオンはバルトロメオの上着やポケットを触り何か他に隠している物はないか探っていると、数字の書かれた紙切れを見つけた。

 どうやら、ジャコポの携帯電話の番号らしい。

 バルトロメオとジャコポがいったいどうやって知り合ったのは謎だったが、おおよそレオンを陥れるため味方のいないスピラーレを諦め、苦肉の策としてパッパガッロのバルトロメオを招き入れたのだろう。


「ねえ、レオン。 こんなこと聞くのもどうかと思うけど・・・・・・その人、レオンのこと殺そうとしてたんだよね? ・・・・・・殺さないの?」


 ここで情けをかけるレオンがシュンの目には不思議に映った。

 レオンは根は優しい男だ。

 マッテオやミケ―レだけではなく、他のスピラーレの男達と話している姿から慕われているのはよく分かる。

 だが、必要とあれば一切容赦しないような男であることも。


「いいか、シュン。 ポンポカ人を殺す奴はバカだ、いいか、殺すのは最終手段だ。 生かしておくと泳がせたり、餌にして仲間をおびき寄せたり、使える道はいくらでもある。 よく頭で考えてから殺すんだ、感情に流されるな」


 そこでシュンはあることに気がついた。

 暴走車に乗っていてレオンに脅しをかけられていた、あのルーカという男。

 尋問の途中でレオンは本気でルーカを殺そうとした。

 あの時の謝罪は、感情に流されて重要な証拠を掴んでいるルーカを殺そうとしてしまったことに対しての謝罪だったのだ。

 シュンはてっきり、病院内で発砲し部屋を追い出されてしまったことに対してかと思っていたが、とんでもない勘違いである。

 今思えばあそこでルーカが気を失わなければ、うるわしの純白会の内情を把握している人物としてかなり捜査も楽になったのでは、と気がつき、レオンの言う感情に流されるな、という言葉がよく理解できた。


「もうすぐ救急車が来る、さっさとここを出るぞ」


「この人はこのままでいいの?」


「そこまで情けをかける必要はねえ、急所は避けたし、後は神様次第だろうよ」


 レオンとシュンは素早くホテルから出ると、フィレンツェへと車を走らせるのだった。

 

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