Episodio 04 「メディチ家礼拝堂」
「サン・ロレンツォ教会は代々メディチ家の菩提寺だったの。 教会の裏手が入り口になっているわ。 さあ、入って入って」
サン・ロレンツォ教会もといメディチ家礼拝堂へと案内してくれるガイドさんはシュン達がギャングであることを知らないのか、観光客に話しかけるように明るく接してくれている。
案内された礼拝堂はルネサンスを代表するミケランジェロが心血注いで作り上げたのであろう、息を飲むような美しい貴石細工に彩られていた。
「美しいでしょう? これはね、17世紀既に政治権力を失い、衰退の一途を辿っていたメディチ家がその虚栄と富を誇示するために建てたと言われているの。 そうしてみると、なんだかもの悲しい気もするわね」
ルネサンス期に活躍した芸術家ミケランジェロといえば、最後の審判などで知られている。
ミケランジェロはそれまでメディチ家の為、新聖具室を創作していたがついにメディチ家に見切りをつけ、フィレンツェを去りもう2度と戻ってこなかったという。
「なあガイドさんよォ、あんたにとっちゃあ嫌な話だが・・・・・・1年前、ここで殺人事件があったよな?」
レオンがまるで興味津々というように礼拝堂の細かな所まで観察しながら、さも世間話をするかのようにガイドの女に尋ねると彼女は「ああ、あの時は大変だったわあ」と当時を思い出したのか鬱憤をにじませながら話をしてくれた。
約1年前、朝の出来事だったという。
観光客の為に礼拝堂の鍵を開けにくると、昨夜閉めたはずの扉が開いていたので不審に思い中に入ったところ血の臭いがしていたという。
驚いて礼拝堂の中を探してみると、地下に遺体を発見したという。
なんでも地下に通じる扉が開いたままになっており、そこから臭いが漂っていたのである。
もしも完全にしまっていたら見逃したまま、遺体に気づかず過ごしていたかもしれないと思うとぞっとする・・・・・・という話であった。
「警察やマスコミ、野次馬と事情を知らない観光客で凄いことになってたのよ。 本当に迷惑だわ、どうしてこんなに美しい芸術を前に人殺しだなんて罪深いことが出来るのかしら」
「地下には何があるんですか?」
「地下には特にこれといったものはなかったはずなのよ、 しいていうなら、ミケランジェロのデッサンぐらいだけど・・・・・・」
「ミケランジェロのデッサンというのは?」
「ミケランジェロが休憩中に描いたデッサンよ。 お兄さんイケメンだからサービスしちゃうわ、こんな感じよ」
と、ガイドの女は自分の携帯電話を取りだして写真を見せてくれた。
石の壁に男性と思わしき人物の絵が描かれている。
(ポアロの奴はこの礼拝堂の何を示していたんだ?)
こういう場合殺人現場となった地下が怪しいが、もう事件から1年も過ぎたのだ。
何か証拠が残っている可能性は低いし、まだその事件をポアロが示しているという確証がない。
「あ、お姉さん。 これはなんですか?」
「これ? これはメディチ家の紋章よ。 ここの一角はトスカーナ地方の都市の紋章が飾ってあるの。 この時代は百合とか、鷲のモチーフが人気だったからどれも同じに見えるんだけどね」
そして次に案内されたのは、新聖具室という場所であった。
入り口の右側瞑想するロレンツォ2世の像の下に女性像『曙』と男性像『黄昏』、ロレンツォ2世に向き合うように並び経つジュリアーノの像の下には男性像『昼』女性像『夜』が配置されている。
「これがかの有名な『曙』『昼』『黄昏』『夜』の像よ。 まるで生きて今にも話しかけてきそうでしょう?」
このような荘厳の美に彩られた部屋の下で人殺しが行なわれたかと思うと、まさに表面上は煌びやかな生活を送りつつ、その下では血塗られた争いが長年続いていたヨーロッパの歴史そのもののようで、ミケランジェロはここまで計算したのではないかと疑ってしまう。
まあ、彼からしてみれば心血注いで作り上げた創作物の元でそんな罪深いことが行なわれ、はた迷惑どころではないだろう、とシュンは少しばかり同情してしまうのであった。
こうしてあちらこちらを鑑賞させてもらったが、ついぞ手がかりを掴むことなくガイドの女は次の観光客の元へと行ってしまったのである。
レオンとシュンはこれ以上の捜査を諦め、次の手がかりであるシエナのマッツィーニ通りに向かうことにした。
シエナはフィレンツェから車で1時間と少し走らせた町で、マッツィーニ通りはシエナの中心地から少し離れた閑静な住宅街である。
「そういえばここに知り合いが住んでたはずだ、何か知っていることはないか聞いてみるか」
レオンの提案でマッツィーニ通りに住んでいる医者――俗に言う闇医者フェデリコの元を訪ねることになった。
スピラーレ以外のギャング組織等裏社会で生きる人間を対象に診ている医者らしく、レオンも世話になったことがあるという人物らしい。
どんな人物かと構えていると、チャイムを鳴らして出てきたのは小綺麗に身なりを整えた50代くらいのおじさんであった。
「はっはー! なんだなんだ、レオンじゃないか! 1年ぶりくらいかい? もっと顔見せてくれよ~、彼女は元気? 彼女は神様に愛されてるよ、あれだけの怪我をしたけど回復できたんだからね。 あ、隣の子は随分珍しい顔立ちなんだね、ちょっと不思議な目元をしている! そして肌の感じと雰囲気からしてハーフって感じかな? ああ、喋らなくても大丈夫。 この世界に足を踏み入れたってことは、どこにも居場所がないんだろう? ハーフってのは大変だよ、生まれた国からは部外者のように扱われるけど繋がりのある国からみれば『でもあなたはあっちの国の人でしょう?』みたいな扱いを受ける! あのアメリカでさえ国によっちゃあ色々言われるっていうしね!」
「とにかく中に入れてくれ、お前の話はただでさえ長いんだ」
「おっけー! さあ中に入りたまえ、タイミングがいいよ~。 なんと昨日ふら~っと立ち寄ったバールで素晴らしい豆と出会ったんだ! あれは絶品だね、このずぼらな僕がわざわざ豆を買って今朝もコーヒーを入れたぐらいだからね! ドリップで! わはは」
レオンやミケ―レの時もそうだが、こう、映画ゴットファーザーのようなハードボイルドな人間を想定していると豆鉄砲を食らわされたような気分になってしまう。
性格でいうとレオンは確かに口が悪いし、近いは近いのだがいかせん、容姿が整いすぎててハリウッド俳優やモデルの方がしっくりきてしまうのである。
闇医者フェデリコもその類に漏れず、とても裏社会で生きているような人間を感じさせない明るく気さくな笑顔に、凄いなあと関心してしまった。
家の中も多少生活感が感じられるぐらいには荷物が散らかっていたが、壁紙や家具の1つ1つ雰囲気を合わせているセンスのよい内装であった。
レオンは長い運転に疲れたのかソファに座り、背もたれにどっぷりともたれかかり大きく息を吐いている。
シュンは軽くリビングを見渡して窓の向こうに広がるシエナの町並みに目を輝かせていた。
世界遺産がゴロゴロとある国はこんな住宅街でも美しい。
「そういえばキミの名前を聞いていなかったね?」
「あ、シュンって言います。 シュン・スメラギ」
「スメラギ? 変わった名前だね」
「日本でもあまり聞かない名前かもしれないですね」
「ああ、ジャッポーネだったのかい。 あの国に僕も行ったことあるよ! キョートに行ったんだけどもね、いやあ面白かった! 神社や寺、城ももちろんよかったけど、あの町並みだね! 木造の家や現代建築の家や高層ビルがごちゃごちゃしていて、まさにあれこそジャッポーネって感じだった! シエナにいるとどこも似たような家しかないからね、新鮮だったよ」
きっとこのシエナの町並みも様々な景観保存の条約の縛りがあるのだろう、外側から見た人間の意見を聞くと改めて気づくことも多い。
早口で喋り倒すので若干聞き逃したところもあるが。
「さあコーヒーができたよ」とフェデリコに促され、シュンもソファに腰を掛ける。
「フェデリコ、実は今日は遊びに来たんじゃねえんだ。 うるわしの純白会って知らねえか? 最近ここらで儀式をしてるって話を聞いてきたんだが」
「儀式? うるわしの純白会? レオン、話が全く分からないんだが・・・・・・」
レオンはコーヒーを飲みながら、ポアロの事件から話せる部分だけをかいつまんで説明をしたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます