Sei nel mio cuore

「あ、おかえりなさーい! 今日はリナルドの好きなフィレンツェ風ステーキビステッカ・フィオレンティーナだよ!」


 扉を開けると、思わず涎が垂れそうになるほどの肉とソースの香ばしい香りが鼻腔を突き抜けた。

 リビングに進むと既にテーブルの上にいのししの生ハムプロシュット・チンギアーレパンのサラダパンツァネッラが並べられている。

 背後から近づく気配がして振り返ると、彼女は嬉しそうな表情でワインの瓶を掲げている。


「じゃーん! ぴったりの赤ワインも買ってきたの! おじさんがね、ステーキならこれがいいよ、っておすすめしてくれたの! コノスルっていうんだって」


「飲んだことないワインだな、どれどれ。 チリのワインか」


「ほら、早く食べよ? ご飯が冷めちゃう」


 輝かんばかりの愛くるしい笑顔を振りまく彼女に、リナルドは1日の疲れがじわじわと癒やされていくのを感じた。

 決して広くはないアパートの一室は、美味しいご飯と彼女に満たされて、天国でもこうはいかないだろうと思うほどである。


「今日も美味しいご飯をありがとうな、ユーリ」


 と、唇にキスを落としそうになって、我に返った。


「・・・・・・してくれないの?」


「バカいうんじゃねェ」


 代わりに額や頬にキスをすると、くすぐったそうにしているので「まだ慣れねえのか?」とからかうと彼女は顔を真っ赤にして小さく頷いた。

 リナルドは彼女の黒髪を一房手にとり、キスを落とす。


tesoro mio私の宝物]


 ふと、脳内にあの本の内容がよぎる。

 黒髪に、ぽってりとした赤い唇、愛しい女。

 あの男が信じられない、目の前で女が死にゆく様をただじっと見つめているなんて。

 誓ったのだ、必ず、どんな手を使っても彼女を死なせやしないと。

 そんな決意を露とも知らない彼女はくすくすと笑って、リナルドの額にえいっとデコピンを放った。


「もう、だからユーリじゃないってゆってるでしょ。 ゆ・う・り! 皇城悠莉すめらぎ ゆうりだってば」


 本当に大切な物は隠しておくより、こうして手元におくのが1番なのだ。








Sei nel mio cuore――(彼女は私の宝物)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る