Episodio 06 「翌日」
翌日、イタリアで発行されているほぼ全ての新聞にシエナで起きたうるわしの純白会による暴走車事件が一面のトップを飾っていた。
逮捕されたのはルーカ・エスポジート、ナポリ出身26才の男性だった。
動機については黙秘を貫いており、フェデリコ宅を襲った件に関しても調査中だがフェデリコは銃弾をかすめたことによる軽傷のみで無事であるとの文字にシュンは胸をなで下ろした。
(よかった、無事だったんだ)
しかししばらくフェデリコと連絡をとることはやめておいた方がいいとのレオンの意見に、シュンも同意したのでお見舞いに行くことがかなわないのが申し訳ない気持で一杯であった。
続きを読んでみると、犯行を起こしたのはうるわしの純白会で動機については一切不明。 それにより市民に不安が広がっている・・・・・・という記事だった。
「それにしても厄介なことになりましたね。 うるわしの純白会が市民に知られたとなっては、警察も掲げられる名目を手にしたと本腰をあげるでしょうし。 こちらとしては動きにくくなってしまいました」
「もう遅いだろ、FBIまで来てるんだぞ。 今頃バールでドーナツでも食ってんだろうよ」
レオンはその長い足を組んで、新聞を片手にエスプレッソを楽しんでいる。
ミケ―レは今から学校に行くらしく、朝食のコロネとエスプレッソを味わいながらテレビで緊急取材をしている事件を見ていた。
この光景だけをみればイタリアの優雅な朝だが、どこか緊張感が流れている。
「しかし・・・・・・これだけうちの縄張りまで荒らされて、黙って見過ごすわけにはいかなくなりましたね。 マドンナリリーというのも気になりますし」
「他の組織に渡らすのも危険だから?」
「今のパワーバランスを著しく崩壊させるような代物は正直邪魔でしかありませんね、これだけ色んな勢力が狙っているとなればリスクも大きすぎる」
手に入れればこの勢力図の頂点にたてるのに加え、バチカンや政府・ディーラーに売りつければとんでもない莫大な金が入るがあくまでも予想にすぎない。
マドンナリリーの正体は不明なままなのに加え、この争奪戦は苛烈を極めることは火をみるより明かである。
とんでもない犠牲がでるはずだ。
そんな分の悪い賭けにのるべきか、のらざるべきかミケ―レは悩んでいた。
「もう少しだけうるわしの純白会について調べてみましょう。 レオン、引き続きポアロの事件を追いつつ、うるわしの純白会についても調査をお願いします」
「分かった。 その前にシュン」
「はい?」
「お前スポーツ新聞買ってこいっつたろ! 昨日のワールドカップ見損ねたんだよ!」
「ええっ、新聞買ってこいとしか聞いてないんだけど・・・・・・」
「下っ端がつべこべ言うな!!」
しょうがないな、とシュンは重い腰を上げ財布をポケットに部屋の扉を開けようとするとドアノブが勝手に回り出したので、おかしいなと思うと男の姿が現れてシュンは驚き後ずさった。
「お前・・・・・・噂の東洋人か。 そんな所で突っ立ってんじゃねえ、邪魔だ」
30代くらいの厳めしい顔立ちの男はまさに裏社会の人間のような出で立ちで、鋭い眼光でシュンを睨みつけたかと思うとわざととしか思えないような振る舞いでシュンに尻餅をつかせるほど強く肩をぶつけていった。
「おいおいジャコポじゃねえか、相変わらずカルシウムが足りないようで安心したぜ」
「レオン・・・・・・」
シュンが後から聞いた話だが、ジャコポという男はレオンと同じ時期にスピラーレに加入した、いわゆる同期らしい。
しかし堅物なジャコポと軟派なレオンは相性が悪く、表だった喧嘩などはなかったがその険悪さは組織でも有名なのだそうだ。
それに加え、堅物過ぎてジャコポは上からは嫌われており組織内でも浮いた存在で中々出世できないのに対して、世渡りが上手く器用だったレオンはその若さであっという間に出世していき裏社会でも名の知れたギャングとなってしまった。
ジャコポはそんなレオンに嫉妬をしているというわけである。
「おい、シュン。 お前は早く新聞買ってこい」
「あ、うん」
シュンは短い付きあいながらもなんとなくレオンの行動が読めるようになっていた。
もしや、もうすぐジャコポが来ることを見通して自分を追い出す為の口実だったのか。
シュンはすぐさま立ち上がり、扉を静かに閉めてからとりあえずゆっくり時間をかけて戻ってこよう・・・・・・と考えた。
1階のバール、ウルラートは既に店を開いていて通勤前の人で賑わっている。
そこをうまく通り抜け、シュンは売店でスポーツ新聞を購入しているとふいに叫び声がしたのに気がついた。
新聞片手に外に出てみると、女がしきりに「ひったくりよ! ひったくり!!」と叫びながら必死に男を追いかけていた。
助けた方がいいのか・・・・・・と辺りを見回し、誰か助けに入る人がいないか見ていると急にコーヒーが押しつけられる。
「坊や、観光中に悪いんだけどこれ持っててくれる? 買ったばかりなの」
「あ、はい!」
声のした方を見ると、自分よりも背の高い黒人女性がひったくり犯の元へ走ってゆく。
そこからはあっという間であった。
ひったくり犯を待ち構え、胸ぐらを掴むと華麗に背負い投げを決めて「大人しくしなさい!」と手錠までかけてしまったのである。
辺りからは拍手喝采が起き、一種の見世物のようになってしまっていた。
あまりの素早さにシュンも両手が塞がっていたものの、心の中で拍手をしていた。
(いや、拍手してる場合じゃない! ギャングだってバレたら僕もやばいじゃないか!)
今のうちにすぐさま隠れ家に戻りたいが、このまま彼女のコーヒーを奪ってしまっては僕も捕まえられるんじゃと思うと逃げ出せず、結局イタリア警察のパトカーが来てひったくり犯が連行されるまでシュンは待ちぼうけをするはめになってしまった。
「悪いわねえ、まさかイタリアに来て早々こんなことが起きるなんてついてるんだかついていないんだか・・・・・・コーヒーありがとね」
「いえ、別にこれぐらい・・・・・・。 それにしても凄いですね、あっという間に捕まえててびっくりしました」
「あなたも気をつけてね、観光客は特に狙われやすいから」
まさか僕はギャングです、とも言い出せずシュンは曖昧に笑って誤魔化すことにした。
こうして警察が近くにいると、罪悪感で押し潰れそうでシュンはどうにも居心地が悪くて仕方がないのである。
やっぱり自分はレオンのようなギャングにはほど遠いと思わされると同時に、堅気の世界へ戻りたいと願ってしまうのだ。
そうして考え込んでいるとついつい、3年前の記憶に苛まれてしまう。
あそこでああしていれば、こうしていればという負のループに捕らわれてしまうのである。
「じゃあ私は仕事にいかなきゃ、じゃあね」
「頑張ってくださいね」
そう言うのが精一杯で、ありがとうとウィンクをする彼女を笑って見送った。
ふと腕時計を見てみると、新聞を買ってくるように言われてから既に1時間ほど経過しておりシュンは血の気が引くのを感じて、慌てて帰路につくのであった。
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