Episodio 05 「襲撃」
「ふうむ、うるわしの純白会ねえ。 申し訳ないが、僕は知らないよ。 もし、万が一僕がその信者の治療にあたっていたとして、そいつが嘘をついていない限りわね」
「この紋章をみたことも?」
シュンはポケットからうるわしの純白会の紋章が彫られた金のボタンを取り出してフェデリコに見せると、微かに彼の目に動揺の影が揺れた。
「これは・・・・・・シュン、これは一体どこで見つけたんだい?」
「いえません。 でも、これが奴らへの手がかりなるって」
レオンが言っていた、という言葉は心の中でこっそりと呟くに留めた。
ポアロがスパイとしてうるわしの純白会に潜り込んでいたことを伏せているので、ポアロの家で見つけたというのは伏せておくべきだろうと思ったのである。
こっそりレオンの表情を伺ってみるが何も言わないので、正解だったのだろう。
フェデリコは腕組みをして、何か思案するように目をふせてうんうんうなった後、ようやく重たい口を開いた。
「黙っていてすまない、でも、だますつもりじゃなかった。 巻き込みたくなかったんだ」
「いいから話せ、奴らの目的はなんだ? 何をしようとしている?」
「レオン、これは忠告だ。 これ以上この事件に首を突っ込まない方がいい。 奴らは1年前にメディチ家礼拝堂の地下でとんでもない物を手に入れたんだ。 人類最高の英知の結晶だ。 でも、それを狙ってる奴らがこのイタリアに五万と潜んでいる・・・・・・奴らは下水に潜むネズミのようにどこからか我々を監視しているんだ」
先程までの明るさは身を潜め、フェデリコは切羽詰まった表情でレオンに詰め寄る。
「警察のことか?」
「いいや、違うね・・・・・・イタリア警察だけじゃない。 こそ泥のディーラーやアメリカのFBIやバチカン連中他のギャング組織も目を光らせてる。 戦争になるぞ」
映画の中でしか聞いたこの無いようなFBIという単語の登場にシュンは息を飲んだ。
そこにバチカン。
あの宗教の総本山まで狙っているメディチ家礼拝堂の地下から見つけた物とはいったい何なのか。
ガイドの女もあそこにはデッサンしか残っていないと言っていたのに。
「奴らはあれを・・・・・・『マドンナリリー』と呼んでいる」
「マドンナリリー?」
「ああ、慈悲深き聖母の花だ。 僕もこの目で実際に見たことはないが、なんでも・・・・・・死と生を自在に操ることができるらしい」
死と生を自在に操る――不老不死。
その台詞に、シュンはそんなバカなと内心あきれかえった。
21世紀にもなって、人間は未だにそんな物を信じているのかと呆れてしまったのである。
そんな都市伝説に警察やFBIまで首を突っ込んでいると聞いたのだから、もう開いた口が塞がらないといった状態だった。
そんな状態のシュンに対し、レオンは真剣にフェデリコの話に耳を傾けている。
やはりヨーロッパは信心深いのかなあ、とシュンは他人事のように思ってしまった。
「それで実際に不老不死になった奴はいるのか?」
「いや、それにはとても手間のかかる儀式が必要だって話さ・・・・・・協力しろといわれてね、僕は僕は・・・・・・」
フェデリコはやはり儀式のことを知っていたのだ。
マッツィーニ通りというヒントしかなかったが、レオンの人脈のおかげでなんとか手がかりがつかめそうだ、と思ったその時である。
「伏せろ!!」
レオンに無理矢理頭を押さえつけられ、机の下に倒れ込むようにしてシュンとレオンが姿勢を低くした途端、無残にもガラスが飛び散る音と銃声の嵐が鳴り響いた。
「何!? 何が起きたの!?」
「どうやらかぎつけられたらしいッ。 警察ではなさそうだが、こいつは多勢に無勢だなァ!」
銃声はとどまることをしらず、雨のように降り続けている。
「2人とも、ここは僕がなんとかします! 2人は2階の勝手口から逃げて下さい! 外に繋がる通路がありますから!」
「すまねぇ、フェデリコ!」
「ごめんなさい、フェリデリコさんっ」
フェデリコは腕を伸ばし、テーブルクロスを取るとそれを必死に左右に振った。
白の布地だったので、降参の意を示しているのである。
そのうちにレオンとシュンは身をかがませて、窓から死角になる所までいくと2階へと駆けだした。
階段をのぼり、勝手口をでるとちょうど一階の窓から白いローブに身を包んだ人間が中に入っていくのが見えた。
(フェデリコさん、どうか無事で!)
「俺の車にも見張りがいるな、人通りがあるからあそこまで無茶な銃撃はないはずだ、倒してすぐに車に乗り込むぞ」
「えぇ!」
2階から外にでる通路を探すのではなかったのかと問えば、そこも塞がれている可能性がある、と切り捨てられてしまった。
ここから飛び降りるのか、と怖じ気づいてしまったがここで捕まれば恐らく命の保証はない。
シュンは手汗をズボンで乱暴に拭いて、レオンのかけ声にあわせて飛び降りた。
一か八か見張りの人物目掛けて飛び降りれば、見事見張りの人間をクッションにして着地に成功した。
真正面から喧嘩をして勝てる自信はないし、落下の受け身をうまくとれる自信もなかったのでありがたくクッションになってもらうことにしたのだ。
シュンは思わずガッツポーズをしてしまった。
「ぼさぼさすんな!!」
レオンに怒鳴られて、慌てて車に乗り込むと扉を締め終わらないうちにレオンは車を急発進させる。
「待って! シートベルトしてないってば!!」
「うるせェ! 死にたくなかったらしがみついてろ!」
「どこに!?」
レオンは器用に違法駐車と人通りをかき分けてものすごい勢いで走り抜けていく。
途中で警察を見かけてもお構いなしである。
「ちょっと、時速120超えてるって! 捕まるよ!?」
「はっ、捕まったら警察も一緒に豚箱行きだッ!!」
それよりも、とレオンはミラーで後方を確認するとなんと1台の車がなんとかレオンの車に追いつこうと道ばたの物を吹き飛ばしながら追いかけてきていた。
「レオン! 後ろに車が!」
「分かってる! くそ、へたくそめっ。 車に人にゴミ箱に全部ぶつかってきてやがる、痕跡が丸わかりじゃねえか」
これほど物が溢れている道を時速120キロ越えで器用に避けながら走るレオンのドライブテクニックの方がおかしいのである。
これではハリウッドでもモデルでもギャングでもなく、レーサーになれそうな勢いである。
レオンは急カーブのある道を選び、右に左にハンドルを切っていく。
「これでどうだッ!!」
遠心力で体を強くぶつけてしまうほど、勢いよく急カーブを曲がると追いかけてきていた車はいよいよ曲がりきれず、目の前の家に突っ込んでいってしまった。
あの家の人には申し訳ないが、ようやく追跡を振り切れたらしい。
「よかった・・・・・・でも、もう2度とレオンの車に乗りたくないかも」
「お前は乗ってるだけだろうが。 イタリアで運転免許とれ」
「バイクならあるよ・・・・・・」
それ以上言い返す気になれず、レオンは珍しく安全運転でゆっくりとフィレンツェへと戻っていくのであった。
そして後日、シエナ暴走車事件として新聞の一面を飾ることになり、再び市民の間にうるわしの純白会の名が知れ渡ることになるのであった――
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