Episodio 31 「裁きの時」 

「お前、ボスの愛人だった・・・・・・! ボスを騙したな!」


「なんだ、オレたちパッパガッロのボスの愛人もしてたな、てめえ! お前がオレたちをここに来るように仕向けたのか!」


「確かメディアにうるわしの純白会の情報を流した女だな!」


 パッパガッロと南北イタリア軍のボスの愛人、警察や政府がうるわしの純白会が関わっていた事件を隠していたのをメディアにリークしたのがシェリーだったらしい。

 アドルフォに勝てないと踏んだのか。 男たちは攻撃の対象をシェリーへと変更させ、批判の声がこの空間を占める中、シェリーはそれらに何の反応も示すことなくただ俯いていた。

 しかし、シュンにははっきりとシェリーの体が小刻みに震えているのが分かった。

 これほどの侮辱と屈辱にシェリーは耐えていた。

 

「私みたいなのが生きるには、こうするしかないの」


 今にも消えそうな震えた声でそう言ったシェリーはいったいどんな心境であったのだろうか。

 それをシュンだけが聞き取り、シェリーはアドルフォの元へ歩み寄ると「やっぱりそうか!」「この股揺る女!」と聞くに堪えない言葉の暴力がシェリーを襲う。


「そうだね、シェリー。 お前はよくやった。 きっと最後の審判でも天国へ導かれるに違いない」


 アドルフォはシェリーを引き寄せてマドンナリリーを差し出すと、シェリーは緩慢な動きでマドンナリリーに手を伸ばしていく。


(シェリー、君にはいつも振り回されたね)


 シェリーがシュンに近づき、男達と協力して金を巻き上げようとして、再会できたと思ったらうるわしの純白会の儀式に来るように仕向け、今こうしてアドルフォの元へ行ってしまった。

 シュンは自分でも無意識のうちに銃を構え、狙いを定めていた。

 アドルフォが挑発するような流し目をしてくるが、もうシュンに迷いはなかった。

 一発の銃声が鳴り響き、周囲の男達の息を飲み込む音がきこえそうなほどの緊張感が走った。


「どう、して・・・・・・」


 シェリーは撃ち抜かれて穴の空いた箇所から血を流すに目を見開いた。

 ぽたり、ぽたりとまるで生き物のように血を流すマドンナリリーにシェリーは後ずさり、シュンの方に振り返った。

 

「な、何をしてくれたんだッ! バッキャヤロー!」


 南北イタリア独立軍と見られる男が叫ぶが、シュンはしてやったりと口角を上げる。

 そしてレオンに目配せをすると、彼も愉快そうな笑みを浮かべていた。


「さて、どうするアドルフォさん」


 こうなればマドンナリリーの力も消滅するに違いない、野望が潰えたアドルフォに語りかけるが彼は一言も発しない。

 マドンナリリーから流れる血はアドルフォの手に滴り、腕へと流れ落ちていく。

 様子がおかしい、とシュンとレオンはアドルフォを凝視する。


「嫌な予感がする・・・・・・シェリー! 今すぐそこを離れて!」


 シェリーも嫌な雰囲気を感じ取ったのか、その場から全力で逃げ出したと同時にそれは起こった。

 異様な光景であった。

 マドンナリリーから破裂音がしたかと思うと、辺りに血しぶきが飛び散り、その血から芽が出ていたのである。

 1ミリの隙間もあけず、次々と芽を出してまるで植物の成長を早送りにしているかのようにぐんぐんと枝を伸ばし、蕾をつけ、花を咲かせていた。

 アドルフォは地面に倒れ、1分もたたぬうちに彼の体にも花が咲き乱れていた。

 花は全て、マドンナリリーであった。

 血だまりから生まれたマドンナリリーは深紅に染まり、たらりと血を流し始めた。

 そして流れた血からまたマドンナリリーが生えてくる。


「な、なんだこりゃあ・・・・・・」


 警察官の男がゆっくりと花に近づき、手を伸ばす。


「だめだ! マドンナリリーに触っちゃいけない!」


 そのシュンの叫びもむなしく、マドンナリリーに触れてしまった男は動きが止まると破裂音と共に血が噴き出し、またそこから花が生えてきてた。


 マドンナリリーに触れると、死ぬ。


 それを理解したらしい男達は一斉に逃げ出した。

 すると断末魔に惹かれるように、マドンナリリーから流れる血の勢いはマシ、男達の足下に忍び寄った。


「まずい! 俺達も逃げるぞ!」


 レオンは窓ガラスを蹴り破り、シュンもシェリーの手を取ってシスティーナ礼拝堂から逃げ出したと同時に、他のバチカンの窓から津波のように血があふれ出した。


「やばい! 追いつかれる!」


「見て、あそこ!」


 シェリーが指さす先には、バチカンから津波のように押し寄せ市民に襲いかかっていた。

 逃げろ! と声を掛けてもあまりの距離に届くはずもなく、2分もかからないでバチカンの周りにいた野次馬や報道陣、デモ体などが血の波に飲まれていった。

 しかし他の心配をしている暇はなく、血の波はシュン達のすぐ後ろにまで迫っている。


「車に乗り込め!」


 レオンは手早い動きで車の鍵をロックを解除し、ハンドルを切って走らせた。

 しかし、波は更に勢いを増し、周辺の町すら全て飲み込んでいく。


(もう、間に合わねえ――!)


 レオンが最後に見たのは、車の窓を突き破り襲いかかる真っ赤な血の海であった。

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