Episodio 30 「教主の正体」 

 教主の言葉に南北イタリア独立軍、警察、バチカン、パッパガッロなど良くも悪くもイタリアに影響を与える組織の人間が勢揃いし、お互いの行動を監視し、警戒を強める。

 ただならぬ緊張感に包まれたフロアで、シュンは息を飲んだ。

 まさか既に裏でフェデリコを操っていた真の教主なる人物が潜んでいるとは、誰1人として微塵も気づかれていないのが、恐ろしく感じたのである。

 恐らく、向こうもシュンが正体に気づいているとは思ってもいないはず、いや、気づいているかもしれない、シュンは自問自答を繰り返しつつ、それでも勇気を振り絞り、その人物へと歩み寄った。


「その前に、そのローブを脱いで顔を見せたらどうですか」


「ん? 君は・・・・・・」


 突然のシュンの言葉に教主だけでなく、他の組織の連中もシュンに注目が集まる。

 睨まれ、警察から銃を向けられたシュンは一瞬怯みかけたものの、警察の中にアンジェリカの姿、すぐ傍にレオンがいることなどから冷静を保てた。


「とぼけても無駄です。 フェデリコさんにうるわしの純白会の設立を持ちかけ、裏で操りながらマドンナリリーでの実験を繰り返し、講演を続けながら信者を増やしていた・・・・・・あなたが、真の教主、そうですよね? ――アドルフォさん」


 アドルフォは、きょとんとしたのち声を上げて笑った。

 そんなシュンとアドルフォの会話を聞いた周りの人間も、どういうことだと2人に視線が集まる。

 まずアドルフォという名前が捜査線上に浮上しなかったのか、周囲は仲間同士で顔を見合わせ首を傾げている。

 無理もない、シュンはたまたま運が良く教主がアドルフォということに気づけただけである。

 聖母マリアを考える会の理事長である、アドルフォという男を。


「シュン、どういうことだ。 こいつが黒幕? そんな情報はちっともなかったはずだが」


 そういえばレオンが引きこもっている間に手に入れた情報だったので、話していなかったなと思い、教主アドルフォにも聞かせるように説明した。


「いいや、あったんだ。 まず1つめに、うるわしの純白会が儀式の時に唱えていたうるわしの白百合っていう曲は主に日本で歌われていて、ヨーロッパではあまり知られていないんだ。 だから、この歌詞を知っているのは発祥地であるアメリカか日本のどちらかで過ごしたことがある人物。 2つめに、イゴール教授の講演でマドンナリリーの存在を知り、接触した人物」


 シュンがマドンナリリーの情報を求め、イゴール教授の元を訪れた時のこと。

 幾つか百合に関する資料をもらった時、イゴール教授が友人の為に多めにコピーしていたと言っていたのだ。

 つまり、誰かがマドンナリリーの存在を知り詳細を求めてシュンと同じようにイゴール教授に会いに来た人物がいたのである。

 あのシニョリーア広場での暴動があった後、シュンはイゴール教授の下を尋ね他にマドンナリリーの情報を欲しがっている人はいなかったかと尋ねた。

 イゴール教授は警察にもそう聞かれて探したようだったが、結局分からなかったと最初はシュンにも諦めるよう諭した。

 しかし、うるわしの白百合の歌のことがあり、アメリカ出身で聖歌隊の指揮をしていたともイゴール教授との食事で話していたアドルフォが浮上したのである。

 アメリカで聖歌隊に関わり、尚且つ聖母マリアに関心が高いアドルフォならばうるわしの白百合を見つけた可能性だって十分考えられる。


「3つめに、あなたの講演を拝見した時。 あなたと話している中で、ミケランジェロと聖母マリアをこよなく愛していることを聞いていましたから。 この事件を追っていて、何度も目にしたので自然と気づきました。 ミケランジェロと聖母マリアを結びつけようとするのはあなたしかいないって」


「・・・・・・」


「この儀式も本当は餌だった。 でも、フェデリコが死んだから早めたんですよね? 曙、朝、昼、そして夜。 この儀式の名前はあなたが好きなミケランジェロの作品であると共に、こうして次の儀式がいつ行なわれるのか分かりやすくすることで、僕たちが集まりやすくしようとしたんですよね? ――この儀式で、権力をもった組織の人間を審判にかけることで市民に最後の審判が本当に訪れたかのように見せつけるために」


 良くも悪くもイタリア社会に大きな影響力を持つ、ギャング・テロ組織・警察組織が最後の審判なるもので大量に死んでしまった――ということが起きれば、国民は間違いなくパニックに陥る。

 ただでさえバチカンの周囲には野次馬やデモ行進が行なわれ、うるわしの純白会に帯する国民の恐怖心は強い。

 その見せしめのために、こうして集められたのだ。


 教主はゆっくりと、大きく拍手を叩いた。

 驚愕の真実に静まりかえったフロアに、不気味なほど反響している。


「――お見事。 そう、わたしがイエス・キリストの代理で、今から君たちを裁く・・・・・・救世主さ」


 目深に被ったローブを降ろし、アドルフォは穏やかに微笑んだ。

 正体を現したアドルフォに、他の組織から次々と怒鳴声が上がる。


「ふざけんな! オレ達を見せしめの為に殺すだと? 冗談じゃねえ! このインチキ野郎ッ」


「てめえみたいなクソ野郎が救世主だなんて笑えるぜ! なんならてめえのオシッコをワインにでも変えてみろってんだ!」


「アドルフォ、お前を逮捕する! 今すぐ手を後ろにして、膝をつけ! さもなくば撃つぞ!」


 降りかかる怒号にアドルフォは悪びれる気配は全くなく、ローブの下に隠していたマドンナリリーを取り出した。

 マドンナリリーの花弁は純白に戻っているが、あの花が危険なことはシュンとレオンは嫌と言うほど理解している。

 がしかし、アドルフォさえ止められればどうにかなると考えたのか、誰かが発砲し、その発砲音が礼拝堂に響き渡る。


「無駄なことを」


 正確にアドルフォの心臓を撃ち抜いたはずの弾丸は、ローブに穴を空けただけで肝心のアドルフォは顔色1つ変えず、力強くその場に立っていた。


「マドンナリリーは命を操る・・・・・・、こんなことでは私は死なぬよ」


 人間離れした、まさに奇跡をしかいいようのない出来事に男たちは後ずさる。


「嘘つけ、防弾チョッキ着てるだけだろ」


 レオンはそう否定するが、アドルフォは意味深に微笑むだけで否定も肯定もしない。

 マドンナリリーの力なのか、防弾チョッキなのか。

 シュンにはどちらか分かりかねるが、レオンは絶対にそうだという確固たる自信があるようだ。


「俺がその額をぶち抜いてやれば分かることだ」


 レオンが懐から銃を取り出し、焦点をアドルフォの額に定める。

 それでもなお、アドルフォは余裕な態度を崩さなかった。


「いいのか? 私に協力すれば、をマドンナリリーの力で再び生を与える事も出来るぞ?」


 彼女が意味する言葉はたった1つ。

 レオンの瞳が明らかに戸惑いと同様で揺れる。

 シュンですら思わず身を乗り出してしまった。

 重ねてアドルフォは、優しい猫なで声で語りかけてきた。


「さあ、シェリー。 こちらへ来なさい。 お前の居場所はここだろう?」


 名指しされたシェリーは体を震わせ、俯いてしまった。


「どうした、シェリー。 お前の飼い主はこの私だ。 お前をマグダラのマリアに導けるのも私だ、そうだろう?」


 マグダラのマリア、姦通の罪で責め立てられ石投げの刑に処されそうになったもののイエス・キリストによって罪を悔い改めるように諭され、改心した司徒の1人である。

 シェリーの存在に気づいた途端、パッパガッロや南北イタリア軍、警察から批難の声が上がった。

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