Episodio 29 「システィーナ礼拝堂」
うるわしの純白会が最後に選んだ儀式の場所は、バチカンのシスティーナ礼拝堂であった。
フェデリコのPCに記録されていた場所と時間は、どうやら警察が押収した時にアジトのPCも同様だったらしい。
マスコミが進入規制をかけるバチカンを生放送している。
大勢の野次馬やうるわしの純白会に対してのデモが繰り返し画面に登場していた。
シュンはそんな世紀末のような画面を尻目に、リモコンで電源を消した。
そのまま外に出て、黄昏れていくフィレンツェの町を眺める。
そこにはどこにも変わった所はない、いつものフィレンツェの美しい町並みが広がっていて、もう少しで恐ろしいことが起きるだなんて微塵も感じさせない穏やかな日常風景がシュンの心に染み渡る。
(行こう、悠莉)
シュンは悠莉の写真を忍ばせた胸ポケットに手を当てて、そう語りかけるとバイクの鍵をさして走らせた。
井戸端会議をするマダムの横を通り抜け、サッカーをして遊んでいる子供たちが通り過ぎるのを待ち、行列のできているジェラート屋に誘惑されながら隠れ家の前に辿り着くと、既に1台のポルシェが駐まっていた。
「ごめん、お待たせ」
「おせえ、日が暮れちまうぞ」
男はイタリアの黄昏の光を浴びて煌めく金髪をなで上げ、ジョルジオ・アルマーニのジャケットの懐に煙草を戻した。
金髪碧眼、イタリアの高級ブランドを身につけ、煙草の煙を燻らせる姿は映画のワンシーンのように全てが完璧に整えられている。
数多くの女性を虜にする色男は、その涼しい切れ長の目に強い意志を宿していた。
「あ、レオンじゃない! レオ~ン!」
「はァーい」
「なんだ、リカとジュリアか」
レオンの知り合いらしい女2人組が近づいてきた。
よくそんなに人の顔を覚えられるなと関心してしまうほど、レオンは顔が広い。
「ねえ今度はいつ遊んでくれるの~?」
女がさりげなくレオンの腕を組むが、レオンはそれを優しくほどいた。
いつもと様子が違うと感じ取ったらしい女達は目を丸くする。
「わりいな、もう一緒には遊んでやれねえんだ」
「えーっ! なんでなんで!?」
「結婚したんだ、だからもう代わりはいらないんだ」
レオンはそう言って、嬉しそうに左手の薬指に光る指輪を見せた。
女達は訳が分からない、と言いたげに眉を寄せて、不機嫌になると「もう、いこっ」とレオンの前を通り過ぎていった。
レオンは誰かに見せたことが楽しかったのか、声を押し殺して笑っていた。
そして愛おしげに指輪を撫でる。
その手つきと目だけで、どれだけ相手を深く愛しているのかこちらに伝わってくる。
「日が暮れるよ、レオン」
「ああ、行くか相棒」
レオンは指輪のはまった手をポケットに突っ込み、車に乗り込んだ。
(これが俺に出来る最後の贈り物だ、ユーリ)
男は晴れ晴れとした気持ちでアクセルを踏んだ。
「いいですか、バチカンは辺り一帯を封鎖されています。 しかしうるわしの純白会は必ずシスティーナ礼拝堂に現れる。 今度の儀式は前回の暴動どころではなくなるでしょう、どの組織も全力でマドンナリリーを狙う戦争です。 レオン、シュン。 僕も全力でバックアップします。 だから、マドンナリリーを破壊してください」
ミケ―レに顔を会わせた時、彼は何も言わずにレオンの肩を叩いた。
若干17才のガキのくせに、と悪態をついたが年齢以上の能力を秘めているのはレオンも重々承知しているし、彼の能力も認めている。
ただ、今回は自分がミケ―レの精神年齢を下回った気がして、少しばかり憎くなってしまったのある。
それはそうとミケ―レの言った通りバチカンの周囲は警察により封鎖されており、辺りは厳戒態勢がしかれていた。
レオンとシュンはアンジェリカにお願いし、通れるようにしてもらった裏口から教会内部に入らせてもらった。
彼女自身は内部の巡回の任に当たっているということだったので、もしかしたらどこかで会うかもしれないと思いつつ、出来るだけ人と会わないように慎重に進んでいく。
「凄い警備だね・・・・・・」
「ああ、気ィ引き締めろ」
ここでバレてしまってはシスティーナ礼拝堂に辿り着いても、教主の儀式を止めることが難しくなる。
レオンとシュンは物陰に隠れつつ進もうとした時、シュンは思わず絵画の額縁に頭をぶつけてしまい、声が響いてしまったのである。
「誰だっ!?」
まずい――!
咄嗟に声を抑えるが、誰かがこちらに近づいてくる気配がする。
致し方ない、と銃を手にするレオン。
「ごめんなさい、今足をぶつけてしまって」
「なんだあなたか・・・・・・、お気をつけて」
「ありがとう」
そんな会話が耳に届き、ヒールで近づいてきたシェリーにシュンは一命を取り留めた気持ちで抱きしめた。
「お礼はいいわ、今のはうるわしの純白会の信者よ。 奴らは警察官に扮してる、あの子の敵をとるんでしょう、しっかりして」
やはりうるわしの純白会は既に教会内に侵入しているのだ。
レオンがシュンの頭を拳銃で小突くが、甘んじて受け入れる。
「私も行くわ、システィーナ礼拝堂はもうすぐそこよ」
道案内をするシェリーの後を追い、レオンとシュンはシスティーナ礼拝堂の扉を開けた。
そこでシュンたちを待ち構えていたのは、ミケランジェロが描いた傑作『最後の審判』であった。
中央にはイエス・キリストと聖母マリアその周囲に司徒たちがキリストの審判を受けている。
最後の審判といえばこの作品を挙げる者が多い傑作の絵画の下で、男は微笑んでいた。
「さて、役者が揃ったようだね」
微かに見える口元が不気味に弧を描く。
礼拝堂を見渡すと、パッパガッロや南北イタリア独立軍や警察が教主に睨みを効かせていた。
少しでも動きをみせれば撃たれる可能性だってあるというのに、教主は笑みを絶やすことなく、悠々と両腕を掲げた。
「さて、夜の儀式・・・・・・最後の審判をはじめよう」
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