Perdono

「シェリーさんって、本当に綺麗な方なんですね。 淳お兄ちゃんがいつも言ってましたから!」


 その子は、純粋で綺麗な世界で生きてきた種類の人間だった。

 彼の面影を感じさせるのは、少なからず血の繋がった人間だからかしら。

 彼は私が出会ってきた男の中で、最も優しい人間だった。

 だましたはずの私を許し、身を案じてくれるような甘ちゃん。

 

「そう。 あの人、そんなこと言ってたのね」


「いいな-、わたしももっと目鼻立ちがはっきりしてたら化粧映えもするのに・・・・・・」


 一重ってアイシャドウ塗っても塗っても消えるんで嫌になるんです、と笑い飛ばすあの人の従兄弟である悠莉という女の子は1年前既に死んでいる。

 マドンナリリーの魔法をかけられ、こうして仮初めの生を生きる彼女に悲哀の色はない。

 同情も卑屈も感じさせない悠莉に、私は少なからず絆されていた。

 本能が、この人間は信用してもいいと語りかけてくる。

 幼少期ギリシャで知らない男に誘拐され、主を転々とし、気づけばイタリアに流れ着いていた。


 いかにボスに気に入られ、服や食事を貢いでもらい生きながらえるか。

 それだけが、私が劣悪な環境で生き抜く知恵だった。


 生きながらえる代わりに汚れきった体は、睡眠薬・精神安定剤・ホルモンバランス調整剤と薬漬けで、もう十の昔に普通に生きるということは諦めてしまった。

 悠莉は、私が望んだ憧れの普通の人間だった。

 うるわしの純白会がシュンたちにアジトを襲撃され、悠莉の居場所を突き止めていた私はこうして部屋に侵入して彼女を見守っているけれど、段々楽しくなってきている自分に気がついた。

 悠莉のシュンとのたわいもない話だとか、もっと彼に好かれるにはどうしたらいいかだとか・・・・・・、俗に言うガールズトークというのが生まれて初めての経験だった。

 今まで私が会ってきた女達は皆、寵愛を狙うライバルで引っ張り合いの引きずり合い。

 殺伐とていた雰囲気とは反対のほがらかな空気に、私は笑顔が零れて、いっちょ前にアドバイスなんてしてしまっている。


 ――あのっ、シェリーさんも一緒に行きませんか


 そう言われた時は、思わず喉の奥がキュッと熱くなった。

 一緒に行きたい気持は勿論あったが、今の組織に捕らわれたままでは彼女の傍にはいられない。

 うるわしの純白会に戻ったら、どうにかして悠莉から目を逸らさせないか。

 思わず約束を破り、組織の男達にシュンを助けてくれるようお願いした時の気持ちだったのに、私はまたもや、失敗を繰り返してしまった。


 どうして?

 黄昏の儀式なんて、ルネサンス作戦なんてただの当てつけだった。

 あの男は、母親を早くになくし、理想の母親像に固執しているだけのただのマザコン。

 でも、私は彼の家畜である限り彼には逆らえないのだ。

 嫌気が差して、頭がおかしくなりそうで、私は睡眠薬を水で流し込んだ。


 誰か、助けて。


 あのマグダラのマリアのように・・・・・・




Perdono――(赦し)

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