Episodio 28 「崩壊」
テレビでは連日、シニョリーア広場で起きた事件が絶え間なく報道されていた。
これまで警察が伏せていたうるわしの純白会に関わる事件も暴露され、政府と警察は説明の対応に追われていた。
悠莉を撃ったのは、警察だった。
マドンナリリーを回収し、こうなったら天使もろとも奇跡の力を払おうとエクソシストと同行しており、悠莉をうるわしの純白会の一員だと勘違いして発砲してしまったということである。
会見ではマドンナリリーのことはもちろん伏せられていたが、ミケ―レが警察から手に入れた情報とシュンがアンジェリカから聞いたのだ。
シュンはあの後教主を逃がしてしまい、暴動と化していたシニョリーア広場は大勢の犠牲者をだし、中には死者も出てしまっていた。
そして、何よりボロボロになっていたのはレオンだった。
悠莉はシニョリーア広場にレオンたちが向かっているのを盗み聞き、嫌な予感がするからとメモを残してミケ―レの屋敷をこっそり抜け出したのである。
気づかなかったミケ―レを醜く責め立て、部屋にこもり自暴自棄になって泣き叫ぶレオンに、シュンは何も言えなかった。
あまりに痛々しい姿は、従兄弟を失った悲しみと相まってシュンの心を痛めつける。
すっかりシュンとレオンは意気消失し、顔を合わせない日が続いていた。
「僕もレオンには何も言えません・・・・・・あそこで彼女に追いつけていれば、こんなことにはならなかった。 でも、もし引き留めていればあなたが死んでいたかもしれないんだ」
「どうにもならなかったよ、誰かしらが死んでた」
今やうるわしの純白会にイタリア全土が怯えていた。
次は何の事件を起こすのか、誰が殺されるのか。
ニュースのコメンテーターが、うるわしの純白会の目的が分からないのが恐ろしい、このまま無差別に被害をだすのではないか、などと論じている。
正直何もする気が起きない。
しかし、もううるわしの純白会が宣言した最後の夜の儀式が明日に迫っている。
門前払いを何度も受けここまで引き延ばしたが、もう逃げられない。
レオンと共にうるわしの純白会の儀式を止めなければならない。
「シュン。 レオンに会いに行く前に、ボスがお呼びです」
「え、ボスが」
「指定の場所に来るように、と」
ミケ―レがメモを差出し、シュンはその聞き覚えのある場所が書かれたメモを受け取り、シュンはバイクに跨がった。
普段から滅多に姿を見せないボスが何故シュンを呼んだのか分からなかったがシュンは緊張した面持ちで指定の場所に行くと店は閉まっていたが鍵が開いてたので入らせてもらうと奥の部屋で男が待ち構えていた。
「よお、良く来たな!」
「ボスって、マッテオのことだったの」
「おう、驚いたか!?」
「ええ、驚きました・・・・・・」
「全然驚いているように見えねえが・・・・・・。 大変だったな、まあ掛けろよ」
ラヴェンナでリストランテを営んでいるマッテオが、スピラーレのボスだったのは驚きではあったが、どこかでストンと腑に落ちた。
レオンがあれだけ親しくしていたのにも納得がいったような思いである。
シュンはマッテオに言われたとおり、店内のテーブルを挟んで腰を掛けた。
スピラーレで起きた全ての事柄を逐一報告され、今回の事件のことも知っているであろうマッテオの瞳が、憂いを帯びていた。
「レオンはなあ、強い奴だ。 絶対に帰ってくる、でも、その前にシュン。 お前に知っておいて欲しいことがあるんだ。 スピラーレのボスとして」
シュンが顔をあげると、そこにいたのは陽気で気の良いマッテオではなく、裏社会を取り仕切るギャング、スピラーレのボスであった。
「今回のうるわしの純白会からは手を引け」
一瞬、何を言われたのかシュンには理解が出来なかった。
脳の処理能力が追いつかず、フリーズしてしまう。
「そんな・・・・・・」
ここまで来て?
死んでしまったポアロは? 悠莉は? ジャコポの裏切りは??
何一つ片がついていないのに、何故ここで引き下がってしまうのか。
言いたいことは噴水のように湧きあがってくるのに、それを上手く言葉に出来ずシュンは唇をわななかせた。
「いくらレオンでも明日までに恋人の死を乗り越えられると思うか? たった一週間しかたってないんだぞ? イタリア男はマンマと恋人の死は1年は泣き続けるね。 それにスピラーレにも被害が出てる」
あの暴動の場ににスピラーレの仲間もいた。
水面下でレオン達のサポートをするようにマッテオが命令していた仲間があの場にいて、そのまま巻き込まれてしまっていたのである。
明日の儀式はこの間の暴動の比ではなくなるだろう。
何せよ、市民の間にはうるわしの純白会への恐怖が広がり警察は今度こそ信者達を多少強引にでも逮捕しようとするだろうことは勿論、パッパガッロや南北イタリア独立軍も本気で来るはずだ。
その中で無謀にもレオンのいない状態で、いくら仲間のフォローがあったとしてもシュン1人であの教主に立ち向かえるのか。
ボスの考えはそういうことであろう、シュンにだってそれがどれだけ無謀なことか分かっている。
「でも、僕は、諦められないです」
「それはお前個人の身勝手な考えだ。 素直に手を引け」
「僕1人でもいきます」
半分は意地であった。
みっともなくて、無謀で、バカなことは重々承知である。
でも、ここまで来てどうしても諦めることなんて出来なかった。
絶対に、無念のままに死んでしまった悠莉の敵をとりたい。
何の罪もない悠莉が、あんな戯れ言のために何十人・何百人と犠牲にしてきたうるわしの純白会の為に死んだのが許せなかった。
「スピラーレは手を貸さねえぞ」
「構いません」
シュンは意思の宿った眼でマッテオの瞳を射貫くように見つめた。
ギャングのボスにふさわしい凄みのある眼差しに全く怖じけず、絶対にこれだけは譲れないんです、と訴えかけた。
「マッテオ」
シュンはびくりと体を震わせた。
脳裏に駆け巡る嘆きの叫びが、シュンが振り返ろうとするのを拒んだ。
「レオン! お前、どうしてここに」
「俺も行くぜ」
記憶の中より、どこか掠れた声と煙草に火をつけようとするライターの摩擦音にじんわりと目に熱いものが込み上がってくる。
――ミケ―レ! お前なんでユーリをちゃんと見ておかなかったんだ!
――くそったれがァ! くそっ、くそっ、なんでだよッ
――ユーリ・・・・・・ユーリぃ・・・・・・
ミケ―レの胸ぐらをつかみ、投げ飛ばし、ミケ―レに報告しに来た仲間とシュンとで必死になってレオンを止めた。
周りを傷つける度、自身も傷ついていく痛々しい姿に何も言えなかった。
そんなこと、ミケ―レ自身がよく分かっているに違いないのに。
ミケ―レもその罰を受けなければ罪悪感で押し潰れそうなことも分かっていて。
誰も彼もがボロボロに傷ついていて。
それでも立ち上がる強さに、シュンは胸が一杯になった。
「行くって、お前、大丈夫なのか」
レオンの前だと、マッテオはボスではなく彼自身の方が強く全面に出てしまうようだ。
心配そうなマッテオに、レオンは煙を燻らせる。
「穴を――掘ったんだ」
突然何を言い出すのかと思い振り返ってレオンの顔を見れば、レオンは静かに涙を流していた。
全然ちっとも大丈夫なんかではない。
それでも彼は立ち上がって、己が行く先を見つめている。
「大きな・・・・・・真珠貝で、穴を掘ったんだ」
そしてレオンが何を言っているのか気がついた。
シュンが暇つぶしに読んでいた本を横取りしたのにも関わらず、最初の1ページしか読んでいないと思っていたが彼は全て読んでいたのだ。
「笑えるだろ・・・・・・」
そうすれば、また悠莉に会えると思ったのだろうか。
毎日水をやって、百を超える夜を数えて――
「笑わないよ、誰も。 笑わないよ・・・・・・」
この男の一途な想いを、誰にも笑わせない。
「それから、マッテオ」
レオンは涙を拭い、マッテオの眼前に拳を差し出した。
「悪には悪を、善には善を。 スピラーレ団の誓いだろ?」
あれはまだマッテオが路地裏にいるこそ泥を捕まえる下っ端警察官だった時。
明確な証拠がなく、手をこまねいていた凶悪犯罪者をレオンが二度と立ち上がれないほどの傷を負わせた場面に出くわした時、マッテオはこれだと思ったのだ。
本当に悪を裁くのなら、自身も悪に染まらねばならない。
――お前っ、そうお前だよ! 俺と、ギャンググループを作ろう!
あの時はまだ自分も若かった。
でも、レオンはその自分よりも幾分か若かった。
それでもマッテオとレオンはスピラーレを結成し、イタリアでも名の知れたギャングにまで上り詰めたのだ。
(全く、お前はなんでこう、俺を導くのがうまいのかねえ)
マッテオは完全に毒気を抜かれてしまった。
こんなことだからミケ―レにあんまり表に出てくるなと言われてしまうのは自分でも分かっているのだが、治す気はさらさらなかった。
スピラーレ内で問題が起きた時に間に入るのがマッテオ、仕事の割り振りやマッテオに報告してくれるのが
頼もしく、最高の仲間である3人と新しく吹いた風であるシュン。
「レオン、シュン」
名前を呼ばれてシュンは真っ直ぐにマッテオを見つめ、レオンは少し微笑んで見守るような優しい眼差しを向ける。
「行ってこい。 あいつらにスピラーレに逆らうとどうなるかみせてやれ!」
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