Buon giorno pieno

 慣れない枕のせいか、体内時計が精密のせいか、悠莉はいつもと同じ7時半に目が覚めた。

 家にある使い古し慣れ親しんだリナルドの香りがするベッドではないのが、ホームシックな気分にさせられてしまうが、自分を匿ってくれているミケ―レには感謝しない。

 文句を言っては失礼だ、と悠莉はベッドから起き上がり綺麗に畳んでから客室に備え付けてある櫛やタオルなどのセットを借りて身支度をすると迷ってしまいそうなほど広い屋敷の中を記憶を頼りにリビングへと向かった。

 悠莉が寝た後も3人は難しい話を続けていたに違いないので、流石にこの時間帯にはまだ誰も起きていない。

 誰がどこに寝ているか分からないが、9時ぐらいまではゆっくり寝かせる方が良いだろうと判断し、いつものルーティーンで朝食の用意を始める。

 イタリアでは日本のようにしっかりと朝食を取るという文化ではないのだが、朝と昼が兼用になってしまうだろうということで、いつもより比較的しっかりめに作っておいた方がいいな、など考えながら冷蔵庫を拝借する。

 なにせ自分の分も入れておいて4人分だ。

 本当なら朝市に行って食材を取りそろえたい所だが、絶対に1人で出歩かないようにとリナルドから言いつけられてしまったのである。

 泊めてくれたお礼はまた今度にしよう、と悠莉は食材の下ごしらえをしているとこの家主であるミケ―レが起きてきたのだった。


「 Buon giorno ミケ―レ。 勝手に冷蔵庫借りちゃってます、ごめんなさい」


「 Buon giorno ユーリ。 そういうことなら気にしないで、朝からあなたの手料理が楽しめるなんて、僕は幸せ者です」


「おおげさだよ」


 イタリアの挨拶であるハグと頬のキスをするが、リナルドとはまた違う美人のミケ―レが朝から眩しくて悠莉はこそばゆい気持になった。

 もし、こんな美人な弟がいたらと考えると嫁いびりをしてしまう姑の気持ちが少し分かった気がしたのである。

 それに朝食の手伝いをするとまで申し出てくれたのだ、なんて良い子だろうと関心してしまう。

 先日、悠莉はスピラーレにとって部外者なはずなのに隠れ家に突然行ってしまった時も快く受け入れてくれ(リナルドの信頼あってこそだとは思うが)、深夜遅くに尋ねたのにも関わらず紳士的に扱ってくれたのだ。

 悠莉の中でミケ―レの株価はどんどん上昇していた。


「ねえ、ミケ―レって何か嫌いな物とかある?」


「嫌いな物ですか、野菜は苦手ですかね・・・・・・」


「野菜が苦手なの? ふふっ、そういうところは子供っぽいんだね」


 シュンやリナルドの好き嫌いは把握しているので、ミケ―レの分も把握しなくては折角の朝食が台無しになってはいけないと思ったのだが、これは思ったより難易度が高いな、と悠莉はメニューに頭を悩ませた。

 が、野菜全般が苦手となると少しは食べれるようになって欲しいという気持がむくむくと湧いてくる。


「ねえ、全然食べられない? それとも食べようと思えば食べれる?」


「さあ・・・・・・、もうずっと食べてない生活ですからね。 強いて言うならピッツァに乗ってる野菜とかパスタの具くらいです」


「ちっちゃい野菜なら食べれるのかな? お母さんとかあんまりうるさくなかったんだ?」


「母が料理を作ることはあまりなくて、スーパーの総菜とか冷凍食品とか、デリバリーが多かったですかね・・・・・・」


 はっとして手元のナイフからミケ―レに目を向けると、ミケ―レは昔を思い起こしているのか遠くを見つめていた。

 こんな大きい屋敷で、1人ぼっちで住んでいる彼はいったいどういう気持ちで食事をしていたのだろう。

 悠莉が日本にいた頃は母がいつもご飯を作ってくれていて、父が残業で遅くなる以外はいつも家族で食べていたし、イタリアに来てからはリナルドの母と食事を取ることが多かったのを思い出す。


「じゃあ、ミケ―レでも食べやすいようなご飯にするね!」


 育ち盛りなんだから、栄養バランスはしっかり整えないとね! と冷蔵庫を空けて、野菜がない! と叫ぶ悠莉をミケ―レは微笑ましいような、不思議な気持ちで見つめた。

 パサパサのピッツァに冷え切ったパスタ、ゆでただけで味のしない野菜を思い出して感傷に浸っていたためか、目の前の光景が少しばかり信じられない。

 こんな優しい恋人を持つリナルドが羨ましい、とまで思ってしまう。


「じゃあ一緒に買いに行きましょうか、僕がついていますから外出しても大丈夫ですよ」


「やった! じゃあ早く行こう!」


それにしては無邪気な少女のような悠莉に、ミケ―レは苦笑してしまった。



Buon giorno pieno――(幸福に満ちた朝)

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