Episodio 21 「男は語る」

 シュンは今までに何度も辛い目に会ってきたが、これほど誰かに怒りを感じたのは初めてだった。

 どうして、こんなに怒ってしまったのか自分でも分からない。

 確かに悠莉の存在を黙っていたレオンは悪いとは思う、しかし、レオンが何の考えもなしに1年も悠莉を世間から隠すような性格ではない。

 それなのに、どうしても許せなかったのだ。 

 しかし、もう迷いはなかった。

 メディチ家礼拝堂に来いというレオンからのメッセージを何度も読み直し、言われた通りの場所を訪れていた。


「来ねえかと思ったぜ」


「嘘ばっかり」


 レオンとシュン以外に誰もいないメディチ家礼拝堂は、どこか不気味でより一層聖なるものに包まれているように感じる。

 そういえば、これだけ一緒にいたのにシュンはレオンのことは何も知らないことに気がついた。

 悠莉はレオンのことをリナルドと呼んでいたし、もしかしたらどちらかは偽名なのかもしれない。

 ぼんやりとそんなことを考えていると、レオンが口を開いた。


「1年前のあの日、今と同じように閉館後に入ってあいつとここを観てた」


 レオンは静かに、語り始めた。


「貸し切りだって、嬉しそうにあちこちを観てた。 すると、ここの館長が俺に挨拶したいって言うんで、少し目を離した隙に姿が見えなくなった」


 レオンは広間にある数多くの都市の紋章の中からメディチ家の紋章を動かすと、床の一部が動き出し地下へ続く階段が現れた。

 地下室は新聖具室の他にもう1つあったのである。


「悪い奴だぜ、展示品には触るなってバンビーナでも知ってるっていうのによォ。 さっき通った時にはなかった階段に驚いて降りてみると、あいつが血を流して倒れてたんだ」


 そして悠莉を取り囲むように白いローブを着た人間が立っていた。

 ――うるわしの純白会である。

 

「俺はそいつらまとめて殺した後、急いでフェデリコの所に連れて行ってなんとか一命は取り留めた。 俺は館長と協力して、奴らの遺体を新聖具室の地下に移動させて隠された地下室の存在を知られたくねえっていうもんだからな。 だが、その地下室の存在は既にうるわしの純白会内では知られていたのか・・・・・・奴らは地下室にあったマドンナリリーを手に入れた」


 悠莉は運悪く、マドンナリリーを発見したうるわしの純白会と出くわしてしまい口封じに殺されかけたのだ。

 1年前に起きたといううるわしの純白会の事件の犯人は、レオンだったのだ。

 この間シュンと共にメディチ家礼拝堂に足を運んだ時も、彼は全て知っていたのだ。


「もしユーリが生きてると知ったら、奴らはあいつを殺しにくるかもしれねえ、だから表面上ユーリの存在を消したんだ」


 隠されていた地下室には、広間のようになっており部屋の中心にマドンナリリーを納めていたのであろう台座が鎮座している。

 役目を失った台座をよくみると、血の跡が付着していた。


「もし俺がユーリをここに連れて来なければ、俺がユーリから目を離さなければ・・・・・・」


 レオンの肩が震えていた。

 そうしてシュンはようやく全てを悟った。

 レオンが自らこうしてうるわしの純白会を追いかけているわけを、ルーカに対して激しい怒りをみせたわけを、マドンナリリーを追いかけるわけを、シュンに悠莉の存在を黙っていたわけを。

 あぁ、今ならどんな難問でも解ける気がする、とシュンは肩の力が抜けていくのを感じた。


、なんだね?」


 レオンはこくり、と頷いた。

 あのいつも余裕綽々のレオンは、どこにもいない。

 シュンはレオンの頬に思い切り拳を入れた。

 レオンは反撃しない、一言も喋らない。


「僕は、レオンを許せないよ」


 喉の奥がぎゅっと締め付けられて、声が震え、視界が歪む。


「悠莉の為に僕をここまで利用したのは、許せないけど、でも・・・・・・」


 レオンがシュンを面白い、と言ったあの時、シュンは生まれて初めて認められたような気がしたのだ。

 親からも放棄され、日本の同調主義に馴染めず、大学の受験勉強には失敗し、世間から見捨てられたと思っていた。

 シェリーも十分、シュンのことを思ってくれていた、と自身では思っているが、またそれとは別の感覚だった。


「僕、レオンの相棒になりたいんだ。 レオンと一緒に、この仕事をやり通したい、あいつらが許せないんだ」


 まだまだ銃の腕も未熟で、レオンの足下にも及ばない下っ端で、厳つい男の前ではへっぴり腰になるけれども。

 シュンは、この女好きで口が悪く、いつも大胆不敵で頭の切れ周りから慕われるレオンに憧れを抱いたのだ。

 彼のような、人間になりたいと。


「・・・・・・馬鹿野郎、下っ端が偉そうに言ってんじゃねえよ」


「やっぱり!!!」


「例えユーリのことがなくとも、俺はお前を見込んでただろうぜ、相棒」


 シュンの泣きっ面を見て、酷い顔だと笑うレオンの顔に嘘はなかった。

 2人は地べたに座り込み、レオンは悠莉の話を始めた。

 こうしてレオンからプライベートの話を聞くのがまさか自分の身内との話になるとは、縁とは実に不思議なものである。


 ――俺がユーリに会ったのは、2年近く前だ。


 レオンの母はほとんど家におらず、やっと帰ってきたと思えば男を連れているような状態であった。

 父は知らない、母もどの男がレオンの父なのか分からないだろうとレオンは思っていた。

 そして酒と薬に溺れる母と男から度々暴力を受け、レオンは育ってきたのである。

 ジュニアスクールを卒業する頃には、ほとんど家に帰らなかった。

 こうして見事に捻くれたレオンはどっぷりと裏社会で生きることになる。

 しかし、レオンはそんな劣悪な環境と母を心から憎み嫌悪し、子供に暴力を振るうような親は容赦せず、薬には一切手を出さず、溺れ廃人になった者は躊躇なく殺した。 家のない子供に対してはパンを恵んだ、学を教えた。

 そんなレオンはいつの間にか人が集まるようになっていた。

 レオンはこうすることで、母に対して復讐をした気分になっていたのである。

 そんなある日、レオンはたまたま母が住む家の前を偶然通りかかった。

 出来るだけ意識せずに通り過ぎようとしたのだが、高齢にさしかかる母がどうやって過ごしているのか少しばかり気になって、窓を覗いてみた。

 すると窓のすぐ傍にベッドが備え付けられており、そこにいたやせ細った老婆と目が合ってしまったのである。

 慌てて死角に隠れたが、老婆は何も気づいていないようだった。

 不審に思ってもう1度顔を見てみると、どうやら目が悪くレオンに気づいていない様子であった。

 骨と皮しかなく、こけた頬に生気のない虚ろな目。

 間違いなく、レオンの母であったが、長年の酒と薬で実年齢よりも老化しすっかり老け込んでいた。

 記憶の中の母の顔も朧気で、ほとんど消えかかっていたというのにすぐに母と見抜けたのはやはり、マンマを大事にするイタリア男のさがであろうか。

 すると、窓の向こうで変化が起きた。

 見知らぬ東洋人がトレーにリゾットをのせてやって来て、母に食べさせていたのである。

 その時はただの外国人の介護ヘルパーだろうと思っていたが、あの母が介護ヘルパーを頼む金を残していたのか疑問に思い、レオンは10何年ぶりに実家の扉を叩いた。

 現れたのはやはり窓から見えた東洋人で、レオンがここの家の息子だというと気前よく招いてくれた。


「おばあちゃん、リナルドさんが帰ってきてくれましたよ」


「・・・・・・リナルド?」


 ああ、この名前で呼ばれるのも何年ぶりだろうか。

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