Episodio 22 「アジトへ」

「リナルドって、誰かしら?」


 ああ、もうボケも進んでいるのか。

 その程度の感想だった。


「息子の、リナルドさん。 ほら、よく顔を見てあげて。 目元がおばあちゃんとそっくり!」


 そんなことを言われたのは初めてで、驚きだった。

 それもそうだ、レオンは母以外の身内は知らないし母の顔を誰かに見せたこともない。

 レオンはベッドの近くにイスを持ってきて、東洋人の隣に腰を下ろした。


「目はおばあちゃんで、鼻と耳はお父さん似なのかな?」


「美人なところも私にそっくりかしら?」


「そうだね!」


 母と東洋人は声をあげて笑っている所を、レオンは見守るように微笑んだ。

 まるで本当の家族みたいで、こそばゆい思いだった。

 あんなに頑なに帰ろうとせず、反目にして憎んでさえいたのに不思議なものだった。

 ひとえに、この東洋人のおかげだとすぐに気がついた。

 その東洋人こそ、皇城悠莉である。

 彼女はこの隣の部屋に住んでいる留学生で、1人で住むレオンの母を心配してこうして時々様子を見に来ていたのだ。

 ボケ初めて来ているが、なんとなく自分のおかれている立場は理解しているらしく、誰にも頼れない、身内は誰もいない、と話していた。

 息子であるレオンが見放し、年老いて誰も相手にしてくれず、社会から弾きだれた母を、異国の少女だけが憐れんで手を差しのばしたのだ。


 それを知ったレオンは、猛烈に自分を恥じた。

 何の関係もない少女が手を伸ばしたのに、息子である自分は何もしないのか。

 これでは最もマンマを大事にするイタリア男の風上にもおけないではないか。

 その日を境に、レオンは時間ができれば母の家に通った。

 時々様子を見に来ると言っていた悠莉は、実際ほぼ毎日母を訪ねていたので、必然的にレオンと悠莉が顔を合わせる回数も増えていった。

 悠莉は気立てが良く、いつもにこやかで母が口からご飯を零しても粗相をしても、愚痴1つ零さずテキパキと片付けをしている姿にレオンは尊敬の念を抱いた。

 そんなバカのつくほどお人好しな悠莉にレオンはいつの間にか恋に落ち、今までにないほど熱心に口説いて、愛を伝えて、やっと悠莉の了承を得た時は自分は世界一幸福な男だと本気で思ったほどである。

 しかし、幸せは長くも続かなかった。

その後すぐに母は風邪をこじらせて亡くなってしまったのである。

 レオンと悠莉は一緒に泣いて母の墓の前に花を供え、そして――悠莉が例の事件に巻き込まれてしまったのである。




「悠莉は人を疑うってことをあんまりしないから、レオンみたいな男にひっかかちゃったんだね」


「なんだよ兄弟、そんなつれねえこと言うなよ」


「悠莉とレオンが結婚したら、僕たち何? ほぼ他人の身内?」


「結婚か・・・・・・」


 悠莉の戸籍がないので、籍を入れることはできないがせめてもと、結婚指輪を用意していたのだがタイミングを失ってずっとレオンのポケットで眠ってしまっていた。

 この事件が解決した暁に、プロポーズしようと。


「・・・・・・結婚したら、女遊びもやめてよね」


「当たり前だ」


 その時を迎えた時、自分の思いもようやく報われるのだから。

 

 レオンはそろそろ頃合いか、と腕時計を確認すると、時刻は20時を指していた。


「時間がねえな、今からマルテッリ通りにある30番地に向かうぞ」


「うん!」


 2人はメディチ家礼拝堂を後にし、マルテッリ通りの30番地にあるバールへと向かうと辺りは人っ子1人いない状態で、バールの灯りが浮いて見えるほどであった。

 2人は物陰に潜み、バールに入っていく人間を監視しているととあることに気がついた。


「なんだ? どいつもこいつも男じゃねえか、女がいねえな」


「そういえばそうだけど、それに何の関係があるんだろう?」


「女は立ち入り禁止なのかしら?」


 突然背後から見知らぬ声がして振り返ると、シュンは「あの時の警察官!」と言うと女は笑顔でそれに答えた。


「あ、もしかしてコーヒー預かっててくれた観光客の人? 久しぶりねえ、こんなところで会うなんて? あなたももしかして警察だったの?」


「あ、いえ。 どちらかというと・・・・・・探偵、ですかね」


 現れたのはひったくり犯を華麗に確保していた黒人の女性であった。

 まさか向こうも自分のことを覚えてくれているとは思わず、シュンは縁とは恐ろしいなあと思わざる終えなかった。

 まさかこんなところで警察とはち合わせるとは予想もしなかったが、まさかシュンがギャングだとは夢にも思わないだろう。


「あたしの名前はアンジェリカ・ポーターよ。 この辺りの住民から夜な夜な不審者が出歩いてると聞いてね、調査しに来たの、あなたたちは?」


「僕はシュン、こっちはレオン。 今は・・・・・・うるわしの純白会について少し調べてて」


 アンジェリカは英語で話しているので、レオンはなんとなく会話の内容は理解できるが、彼女の英語のスピードについていけていないようだったので、シュンが主に彼女と話をする役割になった。


「ああ、あのカルト集団ね。 警察の方にも市民から問い合わせが来てるわ、あなたちも大変ねえ」


 どうやら探偵と言ったのを信じてくれたらしい。

 アンジェリカはシュン達と同じくバールに入っていく人間を確認している。


「もしかしてあのバールに入っていく人たちが、うるわしの純白会って奴?」


「かもしれない、アンジェリカさんも気をつけて」


 22時を指した頃、バールの入り口が閉められシュンとレオンはアンジェリカと共にバールへ近づいて中に侵入できないか調べているとアンジェリカが窓の下に隠れながら合図を送ってくれた。

 シュンたちも窓の下と横に隠れつつ、中をのぞき見してみるとうるわしの純白会の印である白いローブを被った人たちがなにやら議論を繰り広げていた。

 レオンは窓に鍵がかかっているか確認すると、運良く鍵はかかっておらず少し隙間を空けると中で話している内容が聞こえてきた。


「ええい、あの女はまだ見つからんのか!」


「申し分けございません、全く足取りが掴めず・・・・・・あの男の後をつけようにも、いつも気づかれてしまい」


「くそったれ! あの女がいなければ、この儀式にも示しがつかん。 唯一の成功例なのに!」


「しかし、本当に生き返ったのですか? 今までの審判で生き残った者は誰一人いないというのに」


「やかましい! 私はこの目で見たんだ、第一お前達があの男を取り逃がすからだぞ!」


「ルーカは既に審判が下っています」


 成功例であるあの女、審判。

 ここに来て初めて耳にする単語に、シュンとレオンは顔を見合わせる。

 今聞いた話によると、儀式は曙、昼、黄昏、夜以外にも行なわれており、それらを含んだ中で成功しているのは1度だけだという。

 マドンナリリーは生と死を司る、悪魔と天使の奇跡を秘めた花である。

 ということは、ジャコポのように死んでしまった例は失敗、探している女が唯一生き返ったということになる。

 そして、儀式のことを審判ともいい、ルーカは間違いなくうるわしの純白会によって殺されたと当てはめれば説明がつく。


「いいか、必ず見つけろ! 最後の審判の日は近づいている! もう時間がないんだぞ!」


「ご安心下さい、既にあの男の家を見つけました。 必ずやあの女を見つけ教主様に捧げます」


 教主、と呼ばれた男を確認すべくギリギリの所まで顔を上げてみるが男は後ろを向いているために顔の確認が出来ない。

 しかし、シュンはその集団の中にシェリーの姿を見てしまった。


(シェリー! どうしてうるわしの純白会と一緒にいるんだ!?)


 しかし、今はそれ以上に聞き捨てならない台詞があった。


「これ以上は危険だわ、あなた達は下がっていて。 もう少しで私の仲間が来るわ・・・・・・って、ちょっと!」


 アンジェリカの制止を振り切り、レオンは窓ガラス越しに発砲した。

 すかさずシュンも加勢し、引き金を引く。

 突如襲撃を受けたうるわしの純白会は、何人かは倒せたがシェリーを含む残りは教主と呼んだ男を逃がし、銃で応戦してきたのである。


「まずいっ、奴らレオンの住所が分かったって!」


「くそ! アイツ、うるわしの純白会の仲間だったのかッ!」


「ねえっ、ちょっとあなた達、どういうことなの!? 説明して!」


 アンジェリカも銃を取り出し、応戦しているがあの会話についてはさっぱり理解していなかったらしい。


「ごめんなさいっ、とりあえずあいつらを捕まえる手伝いをして下さいっ」


 それは私のセリフ! と、アンジェリカはシュン達と共にアジトへと乗り込んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る