Episodio 01 「ポアロのメッセージ」
「こんな夢をみた・・・・・・ねえ」
男は興味がなさげな様子で本を閉じ、ぞんざいな手つきで本をミニテーブルに投げる。
「おい、シュン。 こんな本のどこが面白いっつうんだ? ジャポネーゼっていうのは好いた女が死ぬ時でも控えめつうのかァ?」
「すみません! で、でも僕が読んでたのを横取りしたのはレオンで・・・・・・」
「うるせェ」
男はイタリアの陽気な日差しを浴びて煌めく金髪をなで上げ、ジョルジオ・アルマーニのジャケットの懐から煙草を取り出した。
金髪碧眼、イタリアの高級ブランドを身につけ、煙草の煙を燻らせる姿は映画のワンシーンのように全てが完璧に整えられている。
数多くの女性を虜にする色男は、その長い足を投げ出しけだるげな瞳で遠くを見つめていた。
しかしこの男、それほどの美貌を持ちながらモデルや俳優といった誘いを断り、ギャングなんぞに身を置いている危険な男なのだ。
それを聞いた女達は、ミステリアスでステキだとか危ないくらいが余計に燃え上がるだとか言うに違いない。
(フリーターの次はギャングだなんて・・・・・・笑えない)
日本人を父とイタリア人の母を持つ、シュン・皇城もその世界に足を踏み入れてしまった口である。
まだ下っ端で、この世界の赤ちゃんも同然である。
しかしどうしたことか、その道のプロであり他のギャング組織でも名の知れているというこのレオンという男の元で働くことになってしまったのだ。
ここは中部イタリア、トスカーナ州フィレンツェ。 かの有名なルネサンス発祥の地である。
人口約35万人、通称「芸術の都」。美しいアルノ川が東西に流れ、ミケランジェロ広場やサン・ロレンツォ教会など様々な芸術家が残した遺産に溢れる美しい町である。
されど光があれば影がある。
ここはギャング組織「スピラーレ」の縄張りの一部なのである。
もっと抗争が激しかったり、組織の権力が十二分に通るのは南イタリアでありこの辺りはまだマシであるが全くギャングがいないわけではない。
ナポリを見て死ねというより、ナポリと見て死ぬというほどの治安の悪さではないというだけである。
「さあてと、そんじゃあまァ、仕事の話といこうか」
レオンは書類をテーブルの上に投げ捨て、顔写真の男を指さした。
50代、男、肥満体型。
特に特徴の無い男の写真に、シュンは「こいつは?」と尋ねた。
「テメェの初仕事相手だ、名前はポアロ。 表の顔はフィレンツェで指折りのシェフ、本業はこっちだ。 こいつが数日前から行方不明になってる。 こいつを追うぞ」
「追うってゆったって、手がかりはあるんですか?」
レオンはちょうどお前が知らない頃合いだったな、と時系列にそって話を始める。
始まりは3日前、敵対組織ランポの動きが怪しいとスピラーレの一部が集まって会合を開くことになったが、ポアロだけが姿を現さなかった。
電話も携帯も通じず、結局は寝てるんじゃないのかという笑い話になりその場は解散となった。
しかし、その日の深夜を過ぎたころレオンの携帯にメッセージが届いた。
< 親愛なるレオンへ
もうこんなことを話せるのはキミしかいない。
どうか、僕が今から話すことを疑わずに聞いて欲しい。
僕らはとんでもないことに足を突っ込んでしまっていたらしい、
奴らは恐ろしい儀式をしようとしている。
奴らいわく、『この世の穢れから隔離された楽園』を手に入れる為
なんだって。
残念だけど僕程度の人間じゃここまでの情報しか手に入らなかった。
こんな僕と仲良くしてくれてありがとう、レオン。
僕は一足先に主の御許に近づくよ
キミの友人 ポアロより >
メッセージに気づいたレオンはすぐさま電話を掛けたが、やはり繋がらない。
レオンは翌朝すぐに上に掛け合ってポアロから届いたメッセージの内容を話すと、レオンはポアロ捜索隊として任命され他のメンバーも奴らの究明に任命された。
「ということだ、お前は俺とポアロの捜索にあたるぞ」
「・・・・・・ポアロさんとは仲良かったんですか?」
「ポアロはスピラーレでも俺が信頼している数少ねえ男だった。 あいつは良い奴だった・・・・・・必ず見つけ出してやる」
そう断言したレオンの目は明らかに堅気のものではない、凄みを帯びていた。
シュンは悲鳴をあげそうになったのをこらえて、逃げるように書類に目を通した。
長々と書かれてはいるが要約すると、レオンが言っていた通りのことが記されている。
とにかく手がかりはないかと、ポアロが勤めていたレストランテに足を運ぶことになった。
レオンが車を走らせ、その後ろをついていくようにシュンはバイクでフィレンツェの町を駆け抜けた。
ヴェッキオ橋を越えて、入り組んだ細い路地をギリギリのラインで通り抜けていくレオンにひやひやさせられつつ、目的の場所に辿り着いた。
郊外に店を構えている観光客向けのぼったくりではない、フィレンツェの市民が足繁く通う美味さが保証された人気の店であった。
ちょうど昼時だった為か、店は混雑しており中はほとんど席が空いていない状態である。
「どうするんです、こんな状態じゃ話なんて聞けないですよ」
「まァ見てなって」
レオンはそう言ってテーブルを囲んで楽しくお喋りをしていた女性グループに近づいていった。
「よォ、久しぶりじゃねえか。 こんなところにいたのか」
途端、店内に黄色い歓声が響き渡った。
「レオン!? レオンじゃない、こんなところで会えるなんて!」
「ああんっ、レオン~。 会いたかったわあ」
その声を聞きつけた女性が店内からあちこち集まってレオンを取り囲み始める。
どうやら皆レオンの顔見知りらしく、親しげに話しかけていた。
「なんだ、マリエッタやラウラも来てたのか、元気してたか」
「レオンがいないとつまんなかった!」
「そりゃ悪かったな、今からだったら少し遊んでやれるぜ?」
目の前にいた女の顎を持ち上げると、周りに居た女たちもうっとりと頬を染める。
「いくいく! ぜーったいいく!」
「やったあ! みんなーっ、レオンが遊んでくれるって!」
いつの間にかレオンの周りにハーレムができ、そのまま出て行った為、店はすっからかんになってしまっていた。
ただ声をかけただけではない、店を静かにするためにあえて女たちに声をかけたのに気づきシュンは息を呑んだ。
どんな手法を使うかと思えば、とんでもない方法にでたものである。
半ば関心しつつ、半ば呆れつつシュンはスタッフルームに案内してもらい責任者を呼んでもらった。
「ポアロ? あの野郎、もう3日も無断欠勤してやがるんだ!」
3日といえば、ポアロが会合を欠席し、レオンにメッセージを送った日と同じである。
となると、ポアロの身に何か起きたのは4日前の夜か3日の朝にかけてに絞られる。
「ったく、のこのこ顔をだそうもんならとっちめてやる! もういいか? ほら、いったいった。今からシエスタなんだよ」
「4日前の様子はどうだったんです? あと、これだけでも!」
「知らねえ!」
繁盛していた店の客をレオンがとっていったせいか、不機嫌な表情の責任者にたたき出されるように店から出たシュンは大きくため息をついた。
多少手がかりはつかめたような、つかめなかったような微妙な手応えである。
まさかこんな探偵ごっこが初仕事になるとは思わなかったが、人殺しや恐喝よりはマシだと、シュンは慣れない仕事になんとか自分を奮い立たせた。
しかしこれだけでは心許ない。 なんとか情報を手にできないかと、書類に記載されていたポアロの家の近隣を当たってみると不可解な話を耳にした。
「ポアロ? ポアロなら今日は見てないわねえ」
「最後に見たのはいつだったかしら、この間出勤していくのは見たのよ。 もう歳のせいか何日前か詳しくは覚えていないんだけど・・・・・・おほほ、歳は取りたくないものねえ」
大した情報は得られず、もうここは仕方ないとシュンは管理人にスピラーレだと話すと、すんなりポアロの家の鍵を渡してくれた。
築何百年という古いアパートは薄暗く、歩く度に廊下が抜けてしまいそうなほど嫌な音をたてる。
ポアロの部屋だという307号室の扉の前に立ち、念のためベルを鳴らしてみるが勿論返事はない。
シュンは意を決して、鍵穴に差し込み扉を開ける。
(うっ・・・・・・! くさっ! これは、何かが腐ってる!)
反射的に扉を勢いよく閉めてしまう。
シュンは冷や汗が背筋を伝っていくのをやけに生々しく感じた。
(肉や魚がちょっと腐ってるなんてレベルじゃない、もしかして・・・・・・)
シュンは袖口で鼻を覆い、恐る恐る部屋の中に入っていく。
布越しであるのにも関わらず、強烈な臭いに鼻はもげてしまいそうなのに加え吐き気まで込み上がってくる。
するとリビングの扉がかすかに開き、ねずみが横切っていくのが目についた。
小刻みに震える手で、シュンは扉を開ける。
そこには信じがたい光景が広がっていた。
廊下はあんなに暗かったのにも関わらず、リビングには太陽の光で照らされ、空気中のほこりやちりが浮かんでいるのが目にも見えた。
どこにでもある木製のテーブルとチェアに、2人がけのソファ。
調味料がところぜましと並べられたキッチンに、使われた食器がそのまま水場にたまっている。
なんてことのない日常風景に、死体が転がっていた。
目は見開いているが、それは恐怖だったのか驚きだったのか検討もつかない。
ぱっと見た限りでは外傷は見当たらない、薬物だろうか。
どうしてこうも恐ろしいと感じるものを、ついまじまじと見てしまうのだろうか。
喉にせり上がってくる吐き気をなんとかこらえ、ある程度の視覚情報を手に入れると、廊下に戻り急いでレオンに電話を掛けた。
(これがギャングの世界なのか・・・・・・!)
きっとこの部屋の隣の住民も、上の階も下の階に住んでいる人も全く気づかなかったに違いない。
ほんのどこにでもある日常のすぐ傍で横たわっている非日常の恐怖に、シュンは改めて自分が後戻りが出来ない道を選んでしまったことを突きつけられた気分だった。
(でも、こっちの世界にいれば、あの子の手がかりも掴めるはずだ)
必死に自分を奮い立たせるも、どこかすがるような気持ちで電話を耳に当てた。
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