Episodio 19 「初めての出会い」

 シュンはあてもなくフィレンツェの町を彷徨いながら、レオンと初めて会った時――シュンがギャングスピラーレに足を踏み入れることになった時のことを思い出していた。


 シュンはイタリア語の大学を卒業した後、就職できずにいた。

 イタリアでは大学を卒業した後も安定した職に就くことができず、若者の失業率は20%を超えている。

 シュンもバールのスタッフとしてバイトを続けるような生活に、日本へ帰って就職活動をするべきか悩んでいたのである。

 しかし親戚から悠莉を見つけて欲しいと懇願され、シュン自身もなんとかして手がかりだけでも掴みたいというプレッシャーと義務感からイタリアを離れられずにいた。

 北から南までくまなく探したものの、一向に手がかりは掴めずシュンは1度訪れた都市をもう1度巡ることにし、フィレンツェを訪れていた。


「あの、この日本人を見かけませんでしたか?」


 日本から持ってきた写真を見せるが、一向によい返答は得られない。

 終わりの見えない現状を支えてくれていたのが、恋人のシェリーであった。

 シェリーはシュンがアルバイトをしているバールの常連客で、シュンが謝ってシェリーにエスプレッソを零してしまったのが始まりである。

 シェリーはこの声かけにも手を貸してくれ、シュンと共にフィレンツェを訪れていた。


「大丈夫、きっとユーリは見つかるわ。 ここは観光客が多いのかもしれないし、少し住宅街の方で声をかけてみましょう」


「ありがとう、そうしてみよっか」


 シュンはシェリーの案に賛成し、2人は観光客の少ない少し裏の路地に入っていく。

 なんとなく住宅街とはまた違うような雰囲気があったのだが、シュンは気にせずシェリーの後ろを着いていくと、どこからか細い横道から不審な男達が現れた。


「おいおい、兄ちゃん。 ここを通るには金がねえと」


「えっ? お、お金?」


 男たちはあっという間にシュンを囲い込み、金をせびり始めたのである。

 その時、シュンだけならまだしも、シェリーが一緒にいたのがいけなかった。


「おっ、とんでもねえ美人連れてんじゃねえか」


「こんな路地裏に天使が通りかかるなんて、珍しいこともあるもんだ」


 シェリーの肩を抱く男に、シュンは精一杯の威嚇をするが虚勢を張っているのは見え見えで男たちは下碑た笑みを浮かべ、シュンを殴りつける。

 顔面を、腹を、背中を、足を殴られ蹴られながらシュンは必死にシェリーを呼んで逃げるように叫んだが、シェリーは男2人組に腕を押さえつけられどこかへ引っ張られていく。

 武道の心得など全くなく、ひ弱なシュンでは荒くれ者の男たちには歯がたたない。

 連れ去られていく恋人を晴れ上がった目元で見つめるしかなく、されるがままになっていると急にそれは止む。

 ぐぎゃ、ぶへっだとか悲鳴を上げ倒れていく男たちをシュンは呆然と眺めていた。

 きっちりと整えられた髪にジョージ・アルマーニーのスーツ、手入れの行き届いた革靴を着こなしているモデルのような美丈夫が男達を次々に倒していた。

 そして息が切れることなく、男達全員を殴り倒した男はシュンに1枚の写真を差し出した。


「この写真、お前のか?」


 どうやら殴られている間に悠莉の写真を落としてしまっていたらしい。

 従兄弟の写真なんだ、ありがとう、と素直に受け取り今度は落とさないようにポケットにしっかりとしまっておく。

 だが、シェリーの姿が見えずシュンは慌てて後を追いかけると何故か男もシュンの後を追いかけてきていた。


「まだ僕に用事ですか・・・・・・?」


「お前、あれだけボコボコにされてたろ。 仲間追いかけてどうする、倒せるのか?」


 確かに、シェリーを助けに行ったとしてシュンがあの男2人組に勝てる可能性は限りなく低い。

 しかし、こうやってシュンを支え続けたシェリーを見捨てておく事など出来なかった。


「いくら勝算が低くても・・・・・・、助けに行きたいんです。 彼女は、僕にとってとても大切な人だから」


 すると、男の話し声が聞こえてきてシュンは美丈夫の返事を待たずしてその辺りに近づくと、シェリーと男2人組がなにやら話し込んでいた。

 距離があって聞こえにくいが、なにやらシェリーが男達に必死になって話かけている様子だった。

 シュンは勇気を振り絞り、大声を上げながら男達に殴りかかった。

 驚いた男達に最初こそなんとか攻撃を当てられていたが、すぐに形勢逆転し一方的にやられてしまう。

 好きな人の前でとんでもない醜態を晒している自覚はあったが、とにかくがむしゃらだった。

 すると、美丈夫が助っ人としてシュンの手助けをしてくれたのだ。

 もはや手の痛覚は限界に達していたが、なんとか男達をやりこめることができたのである。


「シェリー! 大丈夫? 怪我はない?」


「シュン、あなたって人は・・・・・・」


 すると、地面に倒れていた男の口から驚くべき言葉が飛び出してきたのである。


「なんだ、その男に惚れたのか・・・・・・裏切りやがって、クソ、おんなめ・・・・・・」


 それだけ言うと、今度こそ意識を失ったのか何も言葉を発しない。

 シュンは目をそらすシェリーに、すがりついた。


「シェリー? どういうこと、まさか、グルだったの?」


「ごめんなさい・・・・・・、やっぱり、あなたは私の傍にいるべきではないわ・・・・・・」


 シェリーは時々、何か思い詰めるような表情をしていたのは知っていたがまさか、自分をだましていたとは考えもしなかった。

 そのまま走り去ってしまったシェリーの後を追うことは出来ず立ち尽くすシュンに、美丈夫は声高らかに笑った。


「おいおい、どうやらカモられてたみたいだな。 とんだ美女だぜ」


 さて、と煙草に火をつけた男にシュンは苦笑いを浮かべる。

 とんでもなく恥ずかしいが、


「そうみたい・・・・・・でも」


「?」


「無事で良かった」


 そう話すシュンに、男は呆気にとられたのか煙草に火がついたのにも関わらずライターで火を灯し続ける。

 そして何が面白かったのか、腹を抱えて笑い転げる。


「面白い、気に入ったぜ。 お前、名前は?」


「名前? 僕の名前はシュン・スメラギです・・・・・・」


「よし、シュン。 お前にスピラーレ流の女の口説き方を教えてやる」


 俺が助けてやった分、ありがたく働くように。と無情にも告げられ、シュンはギャングの仲間入りとなってしまったのである。


 あの日のことが、もう遠い昔のように感じられてシュンはどうしようもなくむなしくなった。

 そうだ、あの写真を見た時レオンは既に察していたのだろう。

 シュンは時計の針が午後17時を指しているのを確認し、深くため息を吐いた。

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